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自転車に乗って風を追う

スイスで乗り鉄

末娘に誘われてスイスの鉄道に乗りにいくことになった。

15日はChur(クール)へ泊まり、
16日はアルブラ線とベルニナ線を使ってイタリアのTirano(ティラノ)へ、ここからイタリアの中をバスで走り抜けて再びスイスのLugano(ルガノ)で泊まり、
17日は再びアルプスを越える鉄道でAndermatt(アンデルマット)に出て氷河急行でZermatt(ツエルマット)に泊まる、
18日は欧州最高地点標高3100mの駅Gornegarte(ゴルナグラート)への登山鉄道に乗り、Zurich(チューリッヒ)に戻って泊まり
19日の朝にフランクフルト乗り継ぎで20日の早朝に羽田へ戻るスケジュールだ。
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# by kiyohito-o | 2014-05-14 20:00 |

バイクトレーラー(チャイルドトレーラー)その2

これで幼稚園まで孫娘を迎えに行き、娘宅を通り過ごして自宅まで連れて帰る。

幼稚園に着くと、園児たちが寄ってくる。「かっこい~」「乗りた~い」と言いながら。

孫娘は自慢げな顔をして乗り込む。

幼児なら二人まで乗せられるように3点保持の安全ベルトが付いている。

座席はハンモックタイプなので振動を感じないようで、走り出して5分もすると寝込んでいることが多い。

全体を覆うようにシートがあるが強い雨には全く効果がなかった。

シートからの水漏れというよりも、思わぬところからの吹き込みが原因のようだ。

冬になって寒くなってきたときは、大きめのブランケットを身体に巻きつけるようにしてやった。

自宅まで25分くらい。着いたときはぐっすり寝込んでいて無理やり起こすとご機嫌が悪い!

それほど気持ちがよいのだろう。

1年半経た今もお気に入りのマイカーとなって喜んで乗っている。

こちらもあと半年頑張らねばとペダルを踏む。
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# by kiyohito-o | 2013-10-09 12:28 | 自転車

バイクトレーラー(チャイルドトレーラー)

昨年(H24年)4月から週に2~4回の割合で孫を幼稚園に迎えに迎えに行くことになった。

娘が遅まきながら市立中学校の教諭として仕事を始めたから。

OKをしたものの幼稚園までは自宅からほぼ6キロ、運転免許を持たないわが身なので自転車しかない。

かといって子供乗せシートをつけていく気にもならない。

そこで幼児を乗せてけん引できるバイクトレーラーを探した。

安全で見栄えも良くてとなると5万円もする。

が、手ごろな価格の『Burley Bee』というものを見つけた。

米国のBurley社製で、バイクトレーラー販売フェアトレードというところが代理店だ。

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# by kiyohito-o | 2013-10-09 12:12 | 自転車

今日から神奈川県相模原市民

今日、東京都大田区から相模原市中央区東淵野辺のマンションに転居。

午前中は新宿で売却物件の決済をし、小田急線で町田に移動しながら車中で売却代金の入金を確認。
安心して購入物件の決済してからあわただしくマンションに駆けつける。

昨日娘宅に愛犬を預けるついでに立ち寄って挨拶をしておいたせいでもないだろうが
管理人さんがうまく対応していてくれたようで既に引っ越し業者が搬入準備を始めているとのこと。

搬入が終わってから妻と娘が孫たちを伴ってやってきた。

今夜はとにかく寝床だけを確保できるように開梱。
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# by kiyohito-o | 2011-10-31 23:52 | 相模原

やはり無理だったな、柳沢峠

15日10時、奥多摩駅を自転車で柳沢峠に向けて出発。

奥多摩湖(小河内ダム)までの上りは何となくすぎる。

ダムを見学してから湖畔を走る。ほぼ平坦で気持ちが良い。

貯水面が見えなくなり、川の流れになってくると道も上り調子になってきた。

「丹波山」道の駅で少し長い休憩。洗面所の冷たい水を首筋にかけると生き返るよう。

丹波山村の集落を抜けていよいよ峠への上りになる。

それでも気分的には楽。悲しい伝説のあるおいらん淵にたどりつく。

ここから峠まで10キロとある。あと一息のはずだった。

脚に違和感を感じ、やがてそれは痙攣になってきた。

水分も、食べるものも注意してきたはずだったが、30度を超える気温が疲労を早めたようだ。

痙攣をもみほぐし、水を飲み、菓子類を食う。

峠まで8キロ近くになってとてもペダルを踏むことができなくなった。

痙攣も容易にはおさまらない。車を止めようかとも考える。

ここまで来て完全リタイアは癪だ!ってんで、休み休み自転車を押し歩く。

だいぶ峠に近付いてきた気配だが、霧がかかってきた。道路標識の温度計が24℃を示している。

ようやく道の先が明るくなり、茶店の屋根が見えてきた。

早々に自転車を止め、店内に入りざるそばを注文。

待つ間に冷たい水で顔を洗う。きもちい~。

そばが旨かった。後で義兄から「あの店はおれの知り合いだ。そばは旨いぞ」と聞かされた。

いよいよ待望のダウンヒル。

フルーツラインの交差点までの16キロを一気に下る。

慎重な私でも50キロ寸前の速度だった。

ヘアピンカーブもあり快適だ。

時間も5時を過ぎたこともあり自動車もほとんどない。

ブレーキ操作だけでフルーツラインに到着。

ここから勝沼方面へ左折。今度は緩いのぼりなった。

このまま妻の実家のすぐそばまで上り詰める。

最後は牛奥トンネル。トンネルを抜けすぐに農道を左折して到着。

玄関では三女が待っていた。

ほっとしてお茶をのみ、ブドウを食べ、墓参をしてから「ブドウの丘センター」へ向かう。

今夜は義兄を交えて妻と三女の4人で宿泊。

夜景のきれいな展望レストランで夕食。

ペダルを踏んで峠越えができなかったのは心残りだが、とにかくも自分の脚で念願の柳沢峠越えができたことに満足した。
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# by kiyohito-o | 2010-08-17 19:45 | 自転車

久しぶりの多摩川

昨日(6/2)久しぶりに多摩川へサイクリング。
丸子橋に出てから右岸(川崎側)を上流へ向けて是正まで走る。
多摩水道橋から上は未舗装が多かったのに全部舗装されていた。
ほとんど左岸を走るが、右岸からの風景もは新鮮味がある。

物事も時には見る方向を変えていくというと
これまで見なかったものが見えてくる。
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# by kiyohito-o | 2010-06-03 08:40 | 自転車

一畑電鉄

しばらくぶりの映画鑑賞。

ストーリーもだが、話の舞台が一畑電鉄とあって是非ともみたいと思っていた。

この通称「バタデン」は、自転車の持ち込み乗車ができるというので、
一昨年に鳥取・島根をツーリングしたときに、松江から出雲大社まで体験してきた。

当たり前に券売機で自転車持ち込み券を買い、他の乗客の列に並んで改札をとおり、
自転車をおして電車に乗り込み、邪魔にならないように自転車を固定する。

降車駅でも同じ。

これは輪行の手間がかからず極めて楽だし、時間の無駄がない。

もっと他の鉄道でもやってもらいたい。
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# by kiyohito-o | 2010-05-29 21:55 | 自転車

小笠原

4/22から4/27にかけて兄弟5人で小笠原へ行ってきた。

4/22  竹芝発
4/23  父島着、午後は戦跡ツアー
4/24  父島をレンタカーで島内観光
4/25  母島へ移動、午後レンタカー島内観光
4/26  再びレンタカーで散策後に父島へ戻り
      午後父島出港
4/27  竹芝着

父島へは25時間半の船旅、母島へも2時間10分の船旅となるので
ゆっくりとするには少しきつかった。

亡父が戦時中に軍属として砲台建設の測量に派遣され
帰途の船が米海軍の魚雷攻撃を受けて遭難し、九死に一生を得た
と聞かされていたので兄弟で行くことになった。

どの砲台が父のかかわったものかは全く不明だが、険阻な崖の上などで
有ったとしたらずいぶんと大変だったろうことが容易に想像できた。

世界遺産への登録申請を準備しているということで自然もそのまま、
船便しかない足とも合わせて、ゆったりとした時間が過ごせる場所だ。

また行ってみたいと思う。
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# by kiyohito-o | 2010-04-29 10:35 |

真夏日のサイクリング

相模原の次女宅へ妻、三女、長女とその子が訪ねることになった。
私一人自転車で行くことにする。

朝8時半近く、家を出る。

1時間ほど走ったころ田園都市線宮崎台付近。
暑くなってきた日差しで顔がほてってくる。
帽子を後ろ向きに変えて首筋の日差しをよけていたが、
そうしなかったらもっと辛かったろう。

鶴見川を渡る図師橋から馬馳への長い上りも一気に上るのをやめておいた。
この春、この坂の途中で乗ったまま気を失い転倒したことがあるから。

11時少し前に次女宅へ到着。
孫二人の歓迎を受ける。

程なくして妻たちも次女の迎えの車でやってきた。

3時過ぎ、先に帰宅への道を走る。
もう、日差しは盛りを過ぎているし追い風がペダルを軽くしてくれるので
往路よりは20分ほど短かった。

帰宅してシャワーを浴びる。
心地よい風が肌に吹いてくる。

久しぶりに80キロのサイクリングだった。
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# by kiyohito-o | 2009-07-26 23:26 | 自転車

初めての海外予行

七夕の日、20:30QANTAS航空で成田を発った。

夫婦とも初めての海外旅行。
目的地は、次女が2年のワーキングホリデイで過ごしたオーストラリアのアデレード。
アデレードまではとにかく二人だけで行かねばならないが、
英語が話せないにも関わらず、さほど大きな不安はなかった。

8日の昼ころ、アデレード空港で2年ぶりに次女の生の顔をみてほっとする。
この日はカンガルー島のコテージで宿泊。

9日はツアーのバスで島の中を観光。
まじかに野生のアシカをみたり、猛禽類の鳥を操るのを見学したり、
海際の崖の上に並ぶ奇岩をみたり、
アーチ状になった岩の周辺に生息するアシカの群れを見たりする。
それにしても東西150キロ、南北55キロの島は大きい。
雄大さに圧倒された。
この夜もコテージに泊まり翌朝のフェリーを待つ。

しかし、10日。風と波浪が強く昼ころになって終日欠航がきまり足止めを食った。
仕方なくコテージに戻る。
時間つぶしに備え付けのビリヤードで楽しむ。実はこれまた初めてのこと。

11日、風はあるものの前日ほどの波浪ではないようで、カーデッキに
自動車を満載して出港。やれやれである。

アデレードに戻るとバスターミナルには、娘が世話になり今宵もホームパーティを
開いてくれるというマイク氏が迎えにきてくれていた。
彼はアデレードの日豪友好協会の会長をしているという。
日本で高校教師も経験があるという親日家だ。

今宵の宿は娘が1年半をホストして働いていたB&Bの「土の宿」。
アデレードから南に30キロほど離れたHahndorfという小さな町にある。
軽井沢がモデルにしたようなところだ。
娘も初めて客室に泊まるという。
障害者である日本人オーナー(沖縄の伊江島在住)の木村浩子さんが
現地の退役軍人の大きな援助を得て開いたものだそうだ。

夕方、娘が世話になった別の若夫婦が車で迎えにきて
ホームパーティを開くマイク宅へ行く。

そこにはまた、娘と特に親しいB&Bで一緒に仕事をした一家がそろっていた。
ご主人方はすべてオージーだが、片言ながらも日本語が理解できるし
奥様方や娘が通訳をしてくれるので会話が弾む。

せがまれて娘が歌唱披露、すると今度は妻に謡曲をとせがまれる。
一曲披露が終えると皆さんがひどく感心。
謡曲師範の資格もあることを知るに及んではぜひ当地に住みませんかとの誘い。
妻もまんざらでない様子。
気がつくと12時を過ぎていた。

12日、早くも帰国へUターンに入る。
荷物は空港まで自動車で送ってくれるという好意に甘え、
3人でバスに乗りアデレードへ。
昼食を兼ねながら先日とは違う通りへと娘が案内してくれる。
ここにいる間に、プライベートであるいは宿の買い出しのためにと
何度もきているのでよく知っている。

空港に着くと3人の奥様方が待っていた。
さらにB&Bの現地マネジャーが車いすを操って娘に寄ってきた。
チェックイン、ゲートインを済ますと、いよいよ娘にとってつらい別れの時がきた。
3人の奥様方もマネジャーも涙を止めることができない。
その姿をみている私も涙ぐんでくる。

涙に目を濡らした娘ともどもシドニー行きの飛行機に搭乗する。
娘の座席は離れていたから伺い知れなかったが、さぞつらい思いで
眼下の景色を見ていたのだろう。
1年半もこころやさしい人たちと暮らした町なのだから。


13日、昨夜と今夜はシドニーのハイドパークに面しているマリオットホテル。
娘はバックパッカーばかり使っているのでホテルは初めてという。
場所も、設備も上等だ。

今日は列車を使ってカツムーンバ駅までいき、そこからツアーのバスを使ってブルーマウンテンを観光。
約2時間、列車はどんどんと高みを増していく。
途中の駅ではところどろで自転車をそのままにしてホームに立っている人たちを見かける。
ここでは自転車のままの乗車がOKなのだ。
うらやましい!
私も自転車に乗りたくなってきた。

カツムーンバも高原の町、清里に似た雰囲気だろうか。
ブルマウンテンとは、一帯に生い茂るユーカリの葉から蒸発する油性成分により
空気が青みがかってみえるところからきているそうで、世界遺産にもなっている。

目玉の観光ポイントはスリーシスターズという大きな3連の岩山。
オーストラリアの原住民アボジリニの伝説がある。
遠くに見える直立した岸壁は夕日に赤くなりなり始める。

雄大な景観はオーストラリアの国土の広さそのものを思わせる。

帰途はひとつシドニー寄りの駅ルーラからにした。
すでに陽はおち、さすがにホームにいると寒くなってきて冬のコートの
襟を立てずにはいられない。

14日、いよいよ最後の日。
午前中はハイドパーク中を抜けてシティーの中心部に出て土産物を買う。
アボリジニのデザインものがいい。

午後はフロントに荷物を預けてオペラハウスを見学する。
せっかくだからと日本語ガイドのツアーを頼む。
時間はわずか30分で、22ドル!
ちょっと高いかなと思える。
当然かもしれないが時期的に日本の夏休み前だし、日本人観光客は見当たらなかった。
説明を受けると、なぜあのような構造になっているのか納得。

夕泥むハーバー側から眺めるオペラハウスは絵葉書にあるものだった。
ハーバーの一隅ではアボジリニが伝統楽器のディジュリュの演奏パンフォーマンスが見られた。
ディジュリュはスイスのホルーンのように太く長い笛だが、蟻が巣くって空洞になった木を
使ったものだということを昨夜(7/19)のTV番組で知った。

チェックインの後、ゲートインの前で娘と別れる。
娘はあすの朝の便でケアンズで乗り換えて関空に向かう予定なのだ。

ともかくも、初めての海外旅行は印象強いものだった。
特に、娘が世話になった人たちと過ごした5時間ほどが。

アーストラリアは私とってぐっと身近なものになった。
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# by kiyohito-o | 2009-07-20 16:06 |