自転車に乗って風を追う

何のための内閣改造か?

内閣改造があった。
そのたびに思うのは改造の理由がよく分からないと言うことだ。
新たな政策を実行するための強化だとか、既存の政策を更に強く実施するためであるとかするなら意味ある改造だと思おうのだが、微塵もそれを感じることができない。
いや、今回のそれは弱体化したとさえ思える。
挙句の果ては、閣外の人事まで影響している。拉致問題に強い信念と誠意を持って担当してきた中山参与が辞任したり、外務省の斎木審議官が米国公使へ転出したりするのがそれだ。
小泉首相は当初から誠意に基づく上での北朝鮮との交渉とは受け取れにくいものを時折感じることがあったが、とうとう姿を現したのかとがっかりした。
小泉首相が登場したときは小織田信長が出てきたかと期待が大きかった。しかし、小織田信長どころか極小織田信長にもなっていない。
言ったこと、手がけたことは命を懸けて徹底的にやってもらいたかったのに。

ま、今の時代社会のために命をかける人なんていうのは政界、実業界、教育界、・・・のどこにもいないのかもしれない・・・・・のだろうか?
いやそんなことはあるまい。そうであったなら日本はもっと悪くなっているに違いない。ただそのような人のいることが伝わってこないだけなのだろう。
マスコミよ!あなた方はそのような人材にスポットを当てて支援することが大きな使命ではないのかといいたい。
特に聴取料をかき集めておきながらいい加減な経理手続きに目を瞑ってきた放送局やプロ野球をダメにした人間に支配される新聞社、売国奴ともいわれるような偏向の激しい新聞社などがシッカリしてもらいたいと願う。
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by kiyohito-o | 2004-10-05 09:20 | 雑感
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