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自転車に乗って風を追う

カテゴリ:雑感( 9 )

16ヶ月ぶりの娘の帰国

夕方、次女夫婦の車に同乗して成田空港へ向かう。
ワーキングホリデイでカナダに1年間、その後観光ビザでカナダとアメリカを旅行してきた末娘を出迎えに。
昨年の春、ボーイフレンドと二人でカナダに行ってくると突然言い出されたときは驚いた。
反対しようにも既に手はずを整えてしまっているのだから致し方ないといったところだ。
当然に心配は尽きないが親の私たち夫婦の方が「行って来い!」と度胸をつけざるを得なかったが、それも無事帰国とわかってほっとした。
もっとも、20日とわかってはいたが、前日の昼まで何の連絡をしてこなかったから大いに心配ではあった。

われわれが空港に到着したときは既に彼らは手続きを終え、カートに荷物を載せてロビーで待っていた。
われわれの出発がもたついたのと、彼らの乗った飛行機が予定よりも30分近く早く到着したからだった。

電車で空港にきた妻を交えた7人でターミナル内で軽食を取りつつ話を聞く。
彼の方はひげ面で表面上では変わったかなと見えたが、次女のほうはほとんど変わりないように見えた。というより若干たくましくなったかと感じさせられた。

この次女は幼稚園に入るまでは、臆病というか内気というか外出すると絶対に親の手をぎゅっと握り締めて離さないほどだったのだが小学校3年くらいになるとクラスメートと二人で鉄道のスタンプラリーをしてくるほどになったのだが、その後もますます行動的になり、かなり早い時期に親離れをしてしまった。
親としては、これがうれしいと同時にさびしい気もする。
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by kiyohito-o | 2005-10-20 23:50 | 雑感

クレジットカードが使えない不便

私もいつしかクレジットカードで買い物をするのが当たり前になっている。
今日もスーパーで多量の食料品を買い込んだのでクレジットで支払おうとおもいながらレジに向かうと「ただいまカードは使用できません」と張り紙がしてある。
レジ係に「ここだけでなくどのレジでもカードが使えないの?」と聞くと「申し訳ありませんがそうなんです。お買い物おやめになりますか?」と逆に質問してきた。
幸い支払えるだけの現金をもっていたので「いや、現金でいいです」と告げると「ではそうさせていただきます。ありがとうございます。中には現金をお持ちでなく買い物をおやめになる方もいらっしゃいます。」という。
どうやら店舗とクレジット会社間のトラブルのようだ。
現金を持たないで便利なクレジットかーどではあるけれども、ひとたびトラブルに見舞われるとどうしようも無くなる。
買わないで済むものならまだしも、どうしても買っていかねばならないときはどうすればよいのだろうか?
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by kiyohito-o | 2005-04-13 17:57 | 雑感

何のための内閣改造か?

内閣改造があった。
そのたびに思うのは改造の理由がよく分からないと言うことだ。
新たな政策を実行するための強化だとか、既存の政策を更に強く実施するためであるとかするなら意味ある改造だと思おうのだが、微塵もそれを感じることができない。
いや、今回のそれは弱体化したとさえ思える。
挙句の果ては、閣外の人事まで影響している。拉致問題に強い信念と誠意を持って担当してきた中山参与が辞任したり、外務省の斎木審議官が米国公使へ転出したりするのがそれだ。
小泉首相は当初から誠意に基づく上での北朝鮮との交渉とは受け取れにくいものを時折感じることがあったが、とうとう姿を現したのかとがっかりした。
小泉首相が登場したときは小織田信長が出てきたかと期待が大きかった。しかし、小織田信長どころか極小織田信長にもなっていない。
言ったこと、手がけたことは命を懸けて徹底的にやってもらいたかったのに。

ま、今の時代社会のために命をかける人なんていうのは政界、実業界、教育界、・・・のどこにもいないのかもしれない・・・・・のだろうか?
いやそんなことはあるまい。そうであったなら日本はもっと悪くなっているに違いない。ただそのような人のいることが伝わってこないだけなのだろう。
マスコミよ!あなた方はそのような人材にスポットを当てて支援することが大きな使命ではないのかといいたい。
特に聴取料をかき集めておきながらいい加減な経理手続きに目を瞑ってきた放送局やプロ野球をダメにした人間に支配される新聞社、売国奴ともいわれるような偏向の激しい新聞社などがシッカリしてもらいたいと願う。
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by kiyohito-o | 2004-10-05 09:20 | 雑感

SEだけではないぞ!日本語力の不足は

少し古いが”SEに求められる「人間」と「日本語」の視点”という記事を見つけた。
私も現役時代はSEの端くれだったからこの記事の内容に共感するところがある。
情報システム(またはコンピュータシステム)は所詮人間がやるべきことを全部ないし一部をコンピュータにやらせるのだから、何をどのようにするのかを聞き出し、理解し整理して組み立てなおすには日本語がまともに使えることが前提だ。
しかしながら年々日本語をまともに使える人が少なくなってきたからあちこちでその弊害が出ているのではないだろうか?
極端な例では親子の間でさえそれが存在する。
「風呂、飯、寝る」が妻に対する夫の言葉だと非難されたのは10年近く前に言われたことだが、これと似たり寄ったりの状況が親子間の今ある。
子供に何を話しかけても返ってくるのは「うざい」の一言だけだったりする。
まともな会話ができないのだから口頭で説明もできないし、文章もまともには書けない。これでは社会に出てまともに仕事ができるわけはない。のだが現実にはそれで通ってしまっていることも多い。
芸能界特にお笑いと言われる分野ではまともでないことが売れる要素でもあるからかそれがひどいように思うが、これが一般人にまでも広がっているから始末が悪い。
現代の日本人はこのあたりのけじめがつけられなくなった馬鹿が多くなった。
そういう私も馬鹿の一員かもしれないと思うと自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
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by kiyohito-o | 2004-09-14 16:22 | 雑感

数が多いのに邪魔者扱いの自転車

私の旅の主な足は4年前から自転車になった。
マイカーを持っていないというより運転免許証がないので、これまではもっぱら公共交通機関を利用するだけだった。
しかしながら最近は地方のバスや鉄道は本数が少なくなったり、路線が廃止されたりで非常に動きにくくなってきた。歳だからあまり動かない方がいいだろうから丁度いいではないかという御仁もいるかもしれない。しかし、どちらかというと巡る旅をしたいのでどうしても気軽に移動できることが望ましい。
                          (写真:スワコ遊遍館にて)
a0009647_1110213.jpg
そこで、健康維持増進をもかねて自転車を利用することにした。
かといって自宅から遠方まで自転車と言うわけにも行かないから、自転車を携行して鉄道などに乗って目的地まで移動するのだ。これを自転車愛好者の間では「輪行」という。
知らない人は輪姦などの類かと勘違いする者もいるかと思ったが最近は結構通じるようだ。

さて、自転車を利用するとバスや電車を利用するときよりも気軽に移動できるのが嬉しい。
古い町並みの狭い道を行くにも自転車なら交通規制を受けることも殆どないし、適度に多くの荷物を持つこともできる。何よりも燃料だの税金だの駐車料金などといった経費がかからない。さらには排ガスなど無縁だから環境にもやさしい。

しかしながら、自転車の旅を重ねるごとに不満が募るのは自転車を無視したような道路行政の怠慢である。自転車専用道と言うのがあるからいいではないかというが、ここを走っているだけでは旅はできないどころか生活さえできないだろう。その殆どが大きな河川の土手や河川敷にあるのだから。
歩道は本来歩行者のためのものであり、車道は車道で自動車のために作られている。自転車は歩道を行ったり車道をいったりでいずれからも邪魔者扱いだ。
交通法規の上では軽車両扱いだから原則は車道の左端を走るのだがこれがまた非常に危険の多いところなのだ。
道路行政に携わる人たちは一度でもここを自ら走って危険を感じてみて欲しいと願う
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by kiyohito-o | 2004-09-01 13:07 | 雑感

かって我が家のアパートの居た住人

今夜NHK「プロジェクトX」のアンコール版「運命の最終テスト」を見る。
初めて日本語ワープロを開発した技術者達の苦闘の物語はいつもながら感動を与えてくれる。しかし、今夜はそれとは別な感慨を持った。
というのは、最終テストの結果をみて商品化にゴーサインを出した事業部長「都築公男」氏の名が出たからだ。
私の亡父が退職後に備えて新築したアパートに最初に入居されたのが東芝研究所の研究員でお子様が未だ小さかった頃の都築氏だったのだ。
当時は未だ私も高校生で世の中に疎かったが、氏の出身大学からの会報やら電子工学関連の学会報やらの郵便物を氏の部屋へ届けるたびに「この人はすごいことを研究しているのだろうな」とは感じていた。
私が民間企業に就職し、氏が勤務する会社の電子計算機のユーザの立場になり、ユーザ会報から氏が計算機事業部長になられているのは知っていましたが、今夜の番組でワープロ製品化の決定者であったことを知るにつけ「やはり重要な仕事をされたのだ」と感じました。氏が我が家のアパートに住んでから2年後くらいだったか健康を害され自宅療養されていたのを、隣室の住人からの申し入れがあったにせよ、亡母の部屋明け渡し要求にいやな顔をせず応じられたことをいまさらながら申し訳なくおもいだします。
そういえばあの頃は日航のパイロットだったり、航空自衛隊のジェットパイロットだったりエリートだった方が住人だったのは地の利が良かったのと新築ということがあったのでしょう。
年数を経るにつけ住人に変化が現れ管理人の立場から「人生いろいろ」を垣間見させてもらいました。
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by kiyohito-o | 2004-08-31 22:46 | 雑感

便りなきは無事な報せ

a0009647_9123062.jpg末娘がカナダのトロントへワーキングホリデーを利用して日本を離れてから1ヶ月半を過ぎた。1年間も海外へ出かける家族は私も含めて我が家にとっては初めての経験だ。
次女が中学生のときに区教育委員会による海外派遣で2週間ばかりアメリカ西部へ行って以来のことでもある。
今年初め、末娘は突然にカナダへ行ってくるからと言い出して我々夫婦を驚かせた。
この娘は幼稚園に入るまでは外へ出ると親の手を握り締めて絶対離そうとしないほどに臆病だった。それが小学生3年生の夏だったかクラスメートと二人で私鉄のスタンプラリーに出かけてから急に一人で出かけるような活発さを見せるようになった。
みるみる間に親離れしていった。
高校も自分で新設の単位制高校を選び、高校を出ると演劇学校へ通う。それからも英語の勉強だ、声楽のレッスンだ、ダンスのレッスンだ、ホームヘルパーの資格をとるのだと積極果敢に取り組んでいく。その先にあったのがカナダ行きだった。

カナダへ行って1ヶ月の間は当地の語学学校へ通っていたこともあり、学校のパソコンを使ってしげくメールを送ってきたが、通学も終わりホームステイ先を退いて友人と部屋を借りて生活をするようになってから便りは少なくなった。
仕事は見つかったのだろうか、部屋のオーナーはどんな人なのか、町の治安はどうなのかと親にすればたくさんの心配があるが、当人は至極楽しく楽しんでいるようである。

ふと、思う。
いきなりこちらから訪ねていって驚かせたいと。
しかし、それもままならないから「便りなきは無事な報せと」思うことにしよう。
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by kiyohito-o | 2004-08-11 09:15 | 雑感

猛暑にみる涸れた人心

この夏は東京の場合で連続30数日も真夏日となっている。
このところ朝夕は多少気温が低くなったようにも感じるが日中は30度を越えるようになり、狭い我が家の庭の木々や草花はぐったりとしている。そこで、夕方だけでもとホースで水を撒いてやるので枯れずにいる。
しかし、外へ出てみると道路脇の植え込みはかなり枯れて赤茶けてしまっているところもある。道路管理者の役所でも散水の手立てはしていないようだし、付近にある人家から誰も水をやりにくることもなったのだろう。
いや気をつけてみると道路の植え込みどころか、マンションの敷地内にある植え込みすらも枯れているところが目に付く。立派なマンションの出入り口であるのに誰一人も気にかける住人はいないようだ。管理人がいるだろうにと思ったのだが今は住み込みの管理人はすくなく、管理会社から昼間だけ派遣された人がいるだけとかで、彼らも手がいっぱいなのか指示された範囲の作業で無いからなのか一杯の水やりもしないのだろう。
手を尽くして駄目ならやむを得ないが何もせずに枯らしてしまうとういうこの有様は現代の人心を表している。環境破壊から自然を守ろうと声がかかる割には身近なところで何もしないというちぐはぐさ。
誰かがやるだろう、何処かの仕事だろうと我関せずの風潮が緑を枯らせているとみる。
人心の潤いが涸れて、緑も枯れているのだ。a0009647_21462055.jpg
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by kiyohito-o | 2004-08-09 21:33 | 雑感

暑い夏が更にうっとうしく

今年の夏は暑い、10年周期に訪れた異常気候だという。
こう暑さが続いては涼しくなる秋口に一気に夏ばてしないかと心配になる。
ただでさえこの暑さにいささか辟易しているのに我が家は更にうっとうしさが加わった。
というのは、数十年住まっていた隣家の主が亡くなって宅地が売却され2棟の分譲住宅が建ち始めたからだ。
以前は朝日が入る方角は平屋だったし、二階だったところも境界から1mちょっとも離れていたからそれほど圧迫感は無かったのだ、しかし今建築中の家は総二階でしかも境界から40センチしか離れていないから目の前に壁が立ちはだかったようになってしまった。
都内で地価が高いから目一杯に土地を使うことはやむを得ないが、面白くないのは建築主や工事責任者の対応なのだ。
個人で建築しようとすれば事前に近隣への挨拶をするのは当然のことと思うし、リフォーム業者は影響の少ないと思われる家まで挨拶に訪れることからして、隣家の工事もそうした挨拶があると思っていたのだが境界部分のブロック塀を作り変える必要がでてきて初めて顔を見せたものの、それも庭先の立ち話で具体的な仕様も示さずに決めようとしたから待ったをかけた。
いわゆる建売業者とはそういうものなのであろうか?
近隣にどのような家を建てるとか、いつから工事を始めるとか、どのような迷惑が及ぶかなどの説明や了解を得ることなどしないのが当然なのであろうか?
これでは工事を実施する作業者が気の毒である。彼らは指示されたようにやっているのに周囲から疎まれてしまう。
また、そうして完成した家の住人となる人たちも最近は挨拶に訪れることが少ないという話も聞く。
親の代から住み続けたこの地域もあちこちで代が変わり売却されて細切れになり、住環境は変わってきた。
古くからいる人間は押し出されそうである。
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by kiyohito-o | 2004-08-04 11:34 | 雑感