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自転車に乗って風を追う

カテゴリ:旅( 20 )

戸隠神社

起床して外を見ると雨は降っていなかった。
朝食までに時間があるので庭へ出てみる。2面あるテニスコートの周囲は湿地状で池もある。
山荘の裏手へ上る細い道は小さな流れをわたるが、5月から6月ころなら水芭蕉が咲いているはずだが、今は草と木々の葉の緑一色。

朝食は和洋混在だからパンでもご飯でも好きなものを食えばいい。が味噌汁がないのがちょっとさびしいかな。
食後は妻とひとしきり卓球に興ずる。私は得意な何でも球技は好きなほうではないが、妻は卓球は得意というより好きなので無理に私を誘ったのだった。
冷房の効いた部屋でも汗をかき始めたところで終了にし、出発の支度をする。

バス停まで森の中の道を行く。登りであるにもかかわらず昨日歩いたときよりも近く感じたのは疲れの出た夕方とこれからという朝との違いだろうか。
結構早めについてしまったのとバスが少し遅れ、そのうちに結構強い雨が振り出してきたので待合所の中でじっと待つしかなかった。

バスでとりあえず奥社への入り口まで行くことにした。
雨は多少弱くなってきたが降り続いている。奥社への参道は結構広く、まっすぐに緩やかに上っていく。両側には小さい川が水の流れる音を走らせている。
先へ行くにしたがって両側に大きな杉の並木が現れる。
奥社までのおよそ2キロの半分を過ぎたころ雨が上がってきた。不ぞろいの石段をあがるころには雲間から青空ものぞきだした。
奥社は中社に比べるとずっと小さく、がけの岩の穴かに突っ込むように建っている。
晴れていれば遠くの景色が眺められそうだが今は雲に覆われている。

帰路は青空が広がりだし、あがってくるときは気づかなかった参道の途中にある藁葺きの山門の屋根の上に生えた草が陽の光に蒼く透けていた。
草の葉先の露も白く光っている。

昼食はもちろんここでは戸隠蕎麦。天ざる蕎麦を注文。蕎麦の盛り付けが変わっている。1人前の蕎麦を5つばかりに小分けにしてある。「ぼっち盛り」といって神前に備えるハレの料理だということだ。

このあと近くの戸隠民俗館・戸隠流忍法資料館へ入ってみる。民族館にはこの土地で使われた器具や衣類などが展示されているだけだが、ここで興味を引いたのは蕎麦を盛り付けるざるだった。これまで目にしてきたざるとは編み方が違って、周囲と中央部の編み方が異なっているのだ。
戸隠流忍法資料館のからくり屋敷は楽しめる。
入り口で靴を脱いで棚におき中へと進む。が、次の部屋への口が見つからない。隠し戸になっているからそれを探さなければならない。何とか他の人と協力して見つけたり、壁の汚れを頼りに探って見たりしながら進む。やがて斜めに傾いた部屋に行き当たる。畳で足が滑って上に上がれない面白さがあるが、いつまでもいると感覚がおかしくなりそうだった。
ここで終わりかと来た経路を戻って入り口にでると、係り人が「出口はここでなく部屋を回ってこないとだめだとのこと。靴を置いた棚を見るとなるほど自分の靴がないのだ。
証拠となく再び挑戦する。とても自分たちだけでは無理だったのではないかと思うほどに難しかった。が面白かった。

すっかり晴れ上がった空からの陽射しは猛烈に暑かった。蕎麦ソフトアイスを食べてほっとする。このアイス、ほのかにそば粉菓子の味わいだった。

長野駅までまたバスで戻る。今度はループ橋経由の新しい道だ。
道幅も広く、勾配もゆるい。
長野駅で東北地方に大きな地震があったことを知った。
その影響で帰着はどうなるかと心配したが、大きな障害もなく無事帰宅できた。
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by kiyohito-o | 2005-08-16 23:30 |

戸隠高原へ

朝起きてみると曇り空で少し青空がのぞくこともありほっとする。
義兄の仕事に少しばかり手を貸したあと「勝沼ぶどうきょう」駅まで送ってもらう。
よく晴れていれば景色のすばらしいホームは、私のお気に入りでもあるが今日は蒸し暑く風もないのがちょっとつらい。
普通列車を甲府、上諏訪と乗り継ぎ篠ノ井線経由で長野駅に出る。上諏訪の駅は昼だというのに諏訪湖での花火大会見物目当ての乗客でにぎわっている。乗り換え時間があるからとホームにある足湯に入ろうかとしたがこの混雑を予想して今日は臨時に閉鎖されていた。
駅前で荻野屋の「峠の釜飯」弁当を買い発車待ちの車内で昼食とする。この釜飯をトンネルの続く信越線で食べた日々はるか遠くになったのを思い出す。

長野へは何度か旅しているが篠ノ井線を使って長野市へ入るのは初めてだ。
沿線に見える家々はかなり立派なことからして比較的豊かなのだろうと想像する。列車も山間を走る路線にしては10両編成であることからして乗客の多いほうだということか。
「冠着(かむりき)」を過ぎ「姥捨(うばすて)」に近くなると車掌が先頭車両まできた。何事かといぶかっていると「スイッチバックのためにしばらく停車します」とのこと。
JR線にもまだスイッチバックが残っていたことを知らなかった。2度の折り返しで急勾配を下っていく。さすが姥捨て伝説のあった地域だと納得できるほどの高地であることを実感する。

長野駅前からバードラインを経由して大久保の茶屋までバスに乗る。建設から30年以上を経過した今は道幅も狭く、カーブは多く、勾配もきつい道で大型車の通行は禁止されているほどの道だからバードラインという軽そうな名前は不似合いだと思える。

大久保の茶屋には古くからの蕎麦屋が2軒あってドライブインの役割を果たしていたが、今はドライブインというよりも蕎麦を目的にくる人が多いのではないだろうか。
バス停からペンション村へ10分ほどくだったところに今夜の宿となる某企業グループの山荘がある。山荘までの道は舗装されているが原始林の中を行くので頭上を大きな木の枝が覆っている。
この山荘は実に30年ぶりだ。以前に来たときとは建物もコンクリート作りで、ペンションとし作られていた以前の木造2階建てとはまったく趣が違っている。
盆休みの時期とはいいながら我々夫婦のほかは3組しかおらず、半分の部屋は空いているとか。
早速に風呂に入り汗を流す。天然温泉ではないが24時間の入浴が可能だから気軽でいい。
管理人夫婦手作りの家庭料理風の夕食は結構満足がいった。
8部屋だけの山荘だから室内には卓球室とカラオケルーム以外に設備はないが、それだけにら静かでいい。
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by kiyohito-o | 2005-08-15 23:52 |

ぶどうの丘

午前中だけの仕事から戻り、手短に昼飯を済ませると最寄の駅から中央線高尾で乗り換えて勝沼ぶどうきょう駅に向かう。娘達を連れ一家で妻の実家へ里帰りした頃は新宿から普通電車が出ていたので楽だった。が10年前か、20年前にもなるか高尾から先へ行くには高尾で乗り換えねばならなくなった。その一方、通勤時間帯には大月から東京駅までの直通も走るようになり、大月も通勤圏内となってきたり、「あずさ」や「かいじ」などの特急がメインになってきている。
「勝沼」の駅名が「かつぬまぶどうきょう」に変わったのも、「初鹿野(はじかの)」の駅名が「かいやまと」に変わったのも国鉄民営化後のことだが普通電車での旅が難しくなった路線だ。

妻の実家は駅から山の方へ上っていく。徒歩で凡そ20分。
歩き出してすぐに大粒の雨が落ちてきた。かなり大きな雷鳴がとどろいていたからいつかは降ると覚悟をしていたが雨脚は速かった。
傘をさしてあるく。上りがきつくなり始めるところにある神社までくると道路はまったく濡れていなかった。水を打ったところと、そうでないところのように見事なまでにはっきりしていた。
しかし、実家の手前200メートルあたりで俄かに雨が降り出し、一旦たたんだ傘を広げる羽目になった。

a0009647_1753464.jpg盆休みで農作業を早めに切り上げた義兄と妻との三人で駅の南にある町営の「ぶどうの丘」へ出かける。
ここは大菩薩の山すそが甲府盆地と交わるあたりにある小高い丘で、勝沼、塩山、石和、山梨市などが見渡せるところで、ここに勝沼町が観光施設としてワインの試飲ができるワイン蔵を作ったのが始まりで、人気を呼ぶにつれて宿泊施設や入浴施設など拡大していった。
今も南欧風の宿泊施設など予約がとりにくいほどの人気だ。

まず、「天空の湯」と名づけられた風呂へ入る。
眺めのいい露天風呂もあるからだが、この風呂は天然温泉だから人気があるのだろう。
風呂と、ワインと、良い眺めとくれば客も来るというものか。

風呂からあがると、レストランで食事だ。
外はすっかり暗くなり、右手の塩山から正面の石和方面まで街の明かりが輝いている。いわゆる「100万ドルの夜景」というやつだ。
この夜景をみながらワイングラスを傾けつつ話が弾む。
ワインボトルが空になったところでステーキで食事。以前に比べると肉が薄くなったように感じるのはBSDの影響なのだろうか。
町民だからということもあるが、更に顔を知られている義兄はワインの酔いの勢いも加わってか係員に少しばかり皮肉を言っていた。

私もワインの酔いがなかなか醒めず、帰宅してまもなく寝入ってしまった。
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by kiyohito-o | 2005-08-14 22:00 |

北海道パックツアーに参加

ゴールデンウイーク中の5日から8日まで夫婦で北海道のパックツアーに参加してきた。
安いツアーを次々に企画する某旅行会社のパックツアーで、3泊4日で往復飛行機の航空券混みで一人あたり3万3千円だから内容に十分満足いくものでないことは承知のうえだ。
二人で何日も旅行に行ける日がなかなか無かったのだが、6日に休暇をとるだけでよかったのが幸いだった。

5日に羽田から札幌へと向かう時点で既に搭乗予定の出発時間が2時間も遅延していたから
到着時刻に出発することになり、1泊目の阿寒湖温泉へは午後8時になっていた。それでも札幌から阿寒湖まで長いバスでの移動も北海道の広さを感じさせてくれる車窓に、いつもはすぐ寝てしまう妻も見入って楽しんでいた。

6日は摩周湖、知床五湖、知床遊覧船などを経て温根湯(おんねゆ)温泉の宿泊であったが、摩周湖の西側を巡る道路は吹雪のため通行止めということでもと来た道へ戻るということがあったり、波が高いために知床遊覧船による観光も中止となった。
思わぬ大雪に出会い、地元出身のバスガイドさんも驚く季節外れの寒波到到来で北海道の冬を体験できたようでもあった。
温根湯温泉のホテルは設備もいいし、客扱いも料理も満足できるもので、料金が見合うのかと心配するほどだった。

7日は北きつね村、層雲峡、美瑛を巡って定山渓温泉での宿泊となる。
層雲峡への道は石北峠を越すがここも雪景色の中で層雲峡で銀河・流星の滝を見学時は底冷えがすごく誰もが早々にバスの中へ戻ってしまうほどであった。
美瑛の丘は最近至極人気のあるところだが、なるほどと納得するほどに広くゆったりと広がる丘の景色は冬枯れの中でも魅力を感じる。花の咲く時期はさぞ見事だろうと思う。

8日は2時過ぎまで小樽観光組と札幌市内自由散策組に別れ、私達は市内自由散策とし更に妻は札幌在住の友人と落ち合い、私はレンタサイクルでぶらぶらすることにした。
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by kiyohito-o | 2005-05-09 18:47 |

会津へのバスツアー

a0009647_22222460.jpg26日から二日間で妻と会津へのバスツアーに参加した。
宿泊先の東山温泉は一度行っているが、途中「塔のへつり」や「大内宿」へ寄るという格安ツアーなので期待半分であった。

バスが那須から塩原温泉を通って会津路にはいると雪景色に変わった。
「塔のへつり」は雪が積もっていることもあり見学時間が少ないから展望台から眺めるだけであったが景観は楽しめた。味噌の宣伝のために提供している味噌汁が寒さの中で旨く感じる。

大内宿は雪も多かった。
山の中の宿場にしては広い通りの両側の家並がその雪景色の中でひっそりとしている。
これまで写真でみるこことは大きく違っていた。
雪が雰囲気を変えているのだろう。

東山温泉の朝、風呂場の窓からみる向かい側の山の木々が樹氷のように輝いている光景はきれいだった。
同じところであっても季節が違い、天候が違えば同じ景色ではないから幾度も訪れる楽しみがある。
今度は新緑のころか紅葉のときに来てみたいと思う。
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by kiyohito-o | 2005-03-27 22:19 |

43年ぶりのスキー

a0009647_22444411.jpg
15日から18日まで自転車クラブの仲間3人で八幡平温泉へ行ってきた。
ここは冬場は何も無いところだから温泉に入ってのんびりしているかスキーをするほか無い。
我々は中2日間スキーをすることにした。
私にとってスキーをするのは実に43年ぶりのことというより、この1シーズンに延べ1週間ほどの経験しかないのだ。

初日はファミリーコースの短くゆるい斜面のコースで勘を取り戻すことにした。
実のところ、スキーを履いてリフトに乗り降り出来るのか非常に不安であった。が成り行き任せ出挑戦してみたら、案の定1回目はリフトを降りてまもなくしりもちをついてしまった。
1日目は終日ファミリーコースから抜け出せなかった。
小学生のグループが午後には中級コースへ移ったのをみて少し癪な気はしたが。

2日目の1回目はファミリーコースへでたものの、2回目は思い切って中級コースへ出てみた。
2000mの長いリフトだからかなり高くまで上がるし、コースも長い。
不安が一杯だったが、滑らずには仕方がないから度胸をつけてとにかくも滑り出した。当然に何度も転倒する。
2度、3度と重ねるうちにテクニックの良し悪しは差し置いて何とか転倒回数もすくなり、2300mの長いコースにも挑戦する気になって来たのには内心驚いた。
宿へ戻り、妻にメールで様子を知らせると驚きの返信がきた。「本当に滑れたの?」と。
若いときに経験したものは60を過ぎても忘れないでいるものだということを身をもって知った喜びがあった。
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by kiyohito-o | 2005-02-19 13:41 |

一族親睦会

29日から30日にかけて群馬県の四万(しま)温泉に夫婦で行ってきた。
この旅の目的は、私の母方の叔母と従兄弟たちが集まっての親睦会出席だ。
親睦会は6年前から隔年で実施され、初回は東京の浅草観音の近くで行われ総勢40人余りも集まった。その後は栃木県の湯西川温泉、岐阜県の平湯温泉に集まった。
回を重ねてくると、関心も弱くなるのか人数も減り今回も二人の叔母の他は後継ぎの立場にある従兄弟夫婦の総勢17人だ。

一族の間に祝儀、不祝儀があれば顔をあわせるので見慣れた顔ばかりではあるが、親睦会というだけにもっぱら語らい歌うことで楽しい時間が過ぎてゆく。
従兄弟たちは誰も50代後半になってきただけに若い頃には感じなかった親類づきあいの意義を大切にしたいと思うようになっているようだ。

夜は部隊付の広間で宴会を始めるが、それほど酒が飲めないのは一族の血筋か、もっぱらカラオケに夢中になる。
従兄弟の中に宴会の席を盛り上げるに長けた者がいる。
普段はどちらかといえば無口なのだが、酒が回ってくるというと陽気に進行役を勤め、自らもかっぽれを踊ったりして皆を喜ばせる。

そうした中で私はいつしか映像記録係となってビデをカメラとデジタルカメラで皆の姿を撮りまくるのは、一つに芸が無いからだ。
次の時には何か驚かせる芸でも披露してみるかと思いはするのだが、なかなか実践できないでいる。

一夜が明けて外を見ると雪が盛んに降っていた。かなり勢いがいい。
チェックアウトの後、マイカーの連中を送り出したあと私たち夫婦と実姉の三人で日向薬師まで雪の降る中を散策に出た。
久しぶりの雪道を歩くのは気持ちが良い。
登山を趣味にしていた姉がいなければ出かけなかっただろう。

戻り道の半ばで雪はやみ、晴れ間も出てっきた。
昼時の山間でもあり風がさえぎられて割りと暖かい。
が、バスで中之条駅にでると晴れているにもかかわらず風が冷たく寒い。
遠くの赤城山がすっきりと広いすそのの姿を見せていた。
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by kiyohito-o | 2005-01-31 23:13 |

天竜川流域自転車ツーリング

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残り少ない夏休みの4日間天竜川の流域を自転車で走る旅に出てみました。
もっとも有名な景勝地「天竜峡」はやはりすばらしい景観だったと思うのは自転車できたことと時間も早かったからでしょうか。
岡谷からここまでそれほど苦無くきたものの、ここからが大変な行程になるとは。
国道151号線は南に向けて高度を増していくので天竜川ははるか眼下になってしましました。
後半は暑さとのぼりで辛い旅になりました。
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by kiyohito-o | 2004-08-30 17:37 |

時が移れば変わる

先日、元の勤務先の先輩宅を訪問した。
自宅から自転車で約25キロを2時間ほどだから自転車仲間でいう「ポタリング」(散歩の意)にも物足りない距離かもしれないが、このところあまり乗っていない身にはちょうど良い。
しかも、お宅へ上がりこんでから6時間弱も楽しく談笑させていただいたから往きの疲れはまったくなく、帰路は夜間の雨中走行となったものの顔にあたる雨の冷たさがむしろ心地よかった。

ここのお宅は国道からずっと入り込んだ旧東海道の道筋に近く、「権太坂(ごんたさか)」という名の急坂や旅人が脚を止めてお参りがてらに休んだであろう「境木地蔵尊」があり、その先には最も江戸寄りで現存する一対の一里塚「品濃一里塚」も大きな木が盛り土の塚の上で枝を広げている。

3年ほど前に旧東海道を自転車でたどろうと企て、日本橋から走りだした初日にここを通過したのだがそのときはお宅の住所や電話番号を記したものを持ち合わせなかったのと、先を急ぎたかったのとでお伺いすることは出来なかった。
わずか3年だが、このあたりの様子が変わっていることはすぐ知れた。
地蔵尊の前の道路は自動車がようやくすれ違えるほどの狭さで、徒歩で旧街道を訪ねる人が塀に身体を預けるようにして自動車をさけるほどであったのに、道幅は広くなっていた。

いや、変わったのはそれだけではなかった。
なんと地元の菓子舗が地蔵尊や坂および一里塚の名を冠した和菓子を創作し菓子博覧会で受賞したものを販売している。先輩宅でお土産に頂いたものを食してみると中々に美味しい。立派にお茶受けになるものだ。

旧東海道は徳川家康が江戸に幕府を移し、時をおかず主要五街道を制定してから一昨年が400年になるというので、かかわりのある地域の業者や自治体があちこちでこれにあやかった地域活性化を目論んだが、これもその一つのようだ。
400年というのを契機にTVや雑誌などの企画ものや書店に並んだ数多くのガイドブックなどで広く知れ渡るようにり、それまで何の変哲もなかった場所や地域に他所から多くの人が訪れることが変化をもたらしたのだ。

旧街道などは単なる生活道路と化したところも多いが、改めていわれを知ってみると面白い。その面白さが、結局は私を京都までたどらせる力になったでした。
もう一度、機会を得て旧東海道をたどってみたいと思っていますが、そのときはまた先輩宅へ寄らせてもらおうかとも。
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by kiyohito-o | 2004-08-24 15:34 |

夜景が価値を更に高める「ぶどうの丘」

山梨県勝沼といえば全国的にもワインでその名を知られている。
旧盆の昨日、妻の実家へ墓参にでかけ、帰途は勝沼町が一望できる丘の上にある町営の観光施設「ぶどうの丘」へ立ち寄り、温泉につかりレストランで食事をした。
ここは全国一のぶどうの産地とほこる勝沼町が観光客誘致のために開設した施設で、当初はワインカーブを持つ売店と国民宿舎的な宿泊施設だけだったのだが、評判を得たことから順次施設を増強し、今はワインに合う本格的な肉料理を出すレストラン、眺望のすばらしい温泉、美術館、イベントホールなどをそなえた総合観光施設となった。
ここが人気を博するのはひとつに360度の眺望が得られる小高い丘の上にあるという立地条件と、170にも及ぶ銘柄のワインの試飲ができるワインカーブそして日量200トンの天然温泉があるからだろう。
妻の実家に近いことからこれまでにも幾度か来たことはあるものの、昨日は初めて温泉に入りレストランで夕食をしたがそこで改めて立地条件のすばらしさを知った。
小高い丘の上というだけではどこにでもありそうだが、ここはもうひとつすばらしいものがあるのだ。それは夜になると甲府盆地に広がる塩山、山梨市、石和市などの明かりが宝石箱を開けたようなきらめく夜景が広がるからだ。
この夜景は、JR中央線の勝沼駅ホームからもみることができるので、これまでも幾度かその美しさを見知ってはいた。しかし露天風呂からあるいはレストランから眺める夜景はもっとすばらしかった。宝石箱が近くなったせいかもしれない。
この夜景があることで「天空の湯」と名づけられた風呂も、ワインをのみがら食べる料理もひときわ上等なものになってくる。
公共企業体が設置運営する施設はなかなか採算がとれず、年を経るごとに急速に施設は老朽化して例が多いようだが、ここはよほど収益をあげるのか発展している。
春の桃源郷、夏の桃やぶどう狩り、秋の紅葉狩りといった楽しみもあり宿泊施設も空きは少ないようで、予約も難しそうだ。
言い忘れたが、晴れた日ならば昼間もすばらしい。甲府盆地を取り巻く南アルプスの山並みが広がるからだ。
今この勝沼町は近隣の6市町村で合併協議会がもたれており、つい先日(7/28)まで、新市名の募集を行い、17年3月に新市誕生となる予定でいたのだが、山梨市が離脱を決定して振り出しに戻ったという。
はてさて、合併は各地域にどんな功罪をもたらすのであろうか?
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by kiyohito-o | 2004-08-15 10:35 |