自転車に乗って風を追う

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戦艦「三笠」を見学

曇ってはいるが雨の心配はなさそうだし、しかも今日はフリー。
横浜あたりでも散歩に行こうかと自転車で家を出る。
が、気が変わりみなと未来も山下公園も素通りして357号線で根岸に出て16号線に入る。
そのまま16号線を久里浜まで走る。もっとも、途中の金沢八景で昼食を兼ねて休憩はした。
さほど暑くなく、晴れ間も広がってきて気持ちがいい。

久里浜の三笠公園へ行く。
2,3度きているが時間が早すぎたり、短かったりでこれまで記念艦「みかさ」を見学したことがなかったので今日はぜひとも見たかったのだ。
いや、もうひとつそうさせたものがあった。
今、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んでいる途中であり、ちょうど戦艦三笠が登場したところだったからだ。a0009647_22341572.jpg

今年は日露戦争からちょうど100年の節目にあたることもあるせいか、若干見学者も多いとか。
艦内には平日にもかかわらず人の姿が見られた。

最上艦橋の床には4人分の足跡が記してある。
説明版によると急接近するバルチック艦隊を見つめていたときの司令官東郷平八郎、艦長伊地知彦次郎、参謀長加藤友三郎そして参謀の秋山真之が立っていた位置だとのこと。
今、そこから見えるのはさほど遠くない対岸の米軍施設ではあるが、同じ位置に立って見るとバルチック艦隊が見えてくるような気がしないでもない。

それにしても100年前、未だ明治になって40年弱、国家の財力も乏しい時代に将来の日本を見据えて軍備を整えなければということで当時最先端の技術による戦艦をイギリスに発注したという先人たちの先見性と勇気と努力には感心する。

ひととり見学しても未だ時間があるからと、16号線を海沿に観音崎へ向かう。
灯台下を巡る遊歩道を回ろうとしたが休憩所のあるところで先は通行止めになっていたのでやむを得ず引き返し、北側の岩場で船を見やりながら休憩とする。
対岸の富津がやけに近く見えるような気がし、とても東京湾の入り口とは思えないほどだ。
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太陽もだいぶ傾いてきた。
秋の夕暮れは足早だからと再びペダルを踏んで浦賀を経由して久里浜へと向かう。
道路わきに見える釣り船からは重そうなクーラーボックスを肩にかけてにこやかな表情の釣り客が降りてくる姿も見える。

京急久里浜のにぎやかに比べて、うら寂しさが漂うJR久里浜駅で輪行のじゅんびをはじめる。
既に薄暗くなり始めてきた。
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by kiyohito-o | 2005-10-24 21:36 | 自転車

16ヶ月ぶりの娘の帰国

夕方、次女夫婦の車に同乗して成田空港へ向かう。
ワーキングホリデイでカナダに1年間、その後観光ビザでカナダとアメリカを旅行してきた末娘を出迎えに。
昨年の春、ボーイフレンドと二人でカナダに行ってくると突然言い出されたときは驚いた。
反対しようにも既に手はずを整えてしまっているのだから致し方ないといったところだ。
当然に心配は尽きないが親の私たち夫婦の方が「行って来い!」と度胸をつけざるを得なかったが、それも無事帰国とわかってほっとした。
もっとも、20日とわかってはいたが、前日の昼まで何の連絡をしてこなかったから大いに心配ではあった。

われわれが空港に到着したときは既に彼らは手続きを終え、カートに荷物を載せてロビーで待っていた。
われわれの出発がもたついたのと、彼らの乗った飛行機が予定よりも30分近く早く到着したからだった。

電車で空港にきた妻を交えた7人でターミナル内で軽食を取りつつ話を聞く。
彼の方はひげ面で表面上では変わったかなと見えたが、次女のほうはほとんど変わりないように見えた。というより若干たくましくなったかと感じさせられた。

この次女は幼稚園に入るまでは、臆病というか内気というか外出すると絶対に親の手をぎゅっと握り締めて離さないほどだったのだが小学校3年くらいになるとクラスメートと二人で鉄道のスタンプラリーをしてくるほどになったのだが、その後もますます行動的になり、かなり早い時期に親離れをしてしまった。
親としては、これがうれしいと同時にさびしい気もする。
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by kiyohito-o | 2005-10-20 23:50 | 雑感