自転車に乗って風を追う

危険な自転車の母親

東京もこの数日雨が降り続き自転車通勤の私も毎日レインウェアを着て走っている。
普段は大通りの車道を走っているのだが昨日の朝は大通りを避けて裏道を行くことにした。その方が安全かと思ったからだ。しかし、それは誤りだったようで大通りの車道を走る方がはるかに気楽で早いか思い知った。
歩行者と自転車と自動車が走る裏通りはそれぞれに気を使わなければ自らが危ない。
特に自転車は怖い。雨が降っているから片手に傘を持って走っているのを後ろから追い抜こうとするといきなり傘を傾けてくる。前からくる自転車は雨を避けるため傘を低く前にかしげているからこちらが近づくまで気が付かないまま勢いよく走ってくる。
そしてもっともひやりとしたことがある。ある四つ角で左側から前後に二人の幼児を乗せた母親が片手に傘を持って猛然と走ってくるのに危うくぶつかりそうになるところをこちらが早めにブレーキをかけて衝突を避けえた。
こちらが驚いているのをチラリとも見ずにそのまま行き去った。
いつだったかは、同じように前後に幼児を乗せた母親が携帯で話をしながら歩道を走ってくるのに出会ったことがあるが、このときも危うくぶつかりそうになったのを避けえた。
はてさて、この母親たちはもし事故を起こして子供が怪我することをなんとも思っていないのだろうか?
私は自分の子供たちを連れ歩くときこのような危険な状態にすることはとてもできなかったがそれは単に臆病だったからなのだろうか。そうではない、どんな小さな怪我でも自分の不注意で子供に怪我をさせてはならないという思いがあったからだ。
だから次女が小学生低学年のころ後ろに乗っていて足が車輪に巻き込んでかかとを大きくそぐという事故を起こしたときは青くなり、夢中で外科病院へ駆けつけた時のことはいつまでも申し訳ないと思っている。

子供を乗せたまま駐輪させて店に入る母親も多い。
近頃の母親は子供を守るという意識がそれほどに希薄になったのだろうか。
少子化が進む中で母性本能は変化しつつあるのだろうか。

この春に母親となった次女にはそうでないようにと願うのみである。
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# by kiyohito-o | 2004-10-05 09:56 | 自転車

何のための内閣改造か?

内閣改造があった。
そのたびに思うのは改造の理由がよく分からないと言うことだ。
新たな政策を実行するための強化だとか、既存の政策を更に強く実施するためであるとかするなら意味ある改造だと思おうのだが、微塵もそれを感じることができない。
いや、今回のそれは弱体化したとさえ思える。
挙句の果ては、閣外の人事まで影響している。拉致問題に強い信念と誠意を持って担当してきた中山参与が辞任したり、外務省の斎木審議官が米国公使へ転出したりするのがそれだ。
小泉首相は当初から誠意に基づく上での北朝鮮との交渉とは受け取れにくいものを時折感じることがあったが、とうとう姿を現したのかとがっかりした。
小泉首相が登場したときは小織田信長が出てきたかと期待が大きかった。しかし、小織田信長どころか極小織田信長にもなっていない。
言ったこと、手がけたことは命を懸けて徹底的にやってもらいたかったのに。

ま、今の時代社会のために命をかける人なんていうのは政界、実業界、教育界、・・・のどこにもいないのかもしれない・・・・・のだろうか?
いやそんなことはあるまい。そうであったなら日本はもっと悪くなっているに違いない。ただそのような人のいることが伝わってこないだけなのだろう。
マスコミよ!あなた方はそのような人材にスポットを当てて支援することが大きな使命ではないのかといいたい。
特に聴取料をかき集めておきながらいい加減な経理手続きに目を瞑ってきた放送局やプロ野球をダメにした人間に支配される新聞社、売国奴ともいわれるような偏向の激しい新聞社などがシッカリしてもらいたいと願う。
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# by kiyohito-o | 2004-10-05 09:20 | 雑感

SEだけではないぞ!日本語力の不足は

少し古いが”SEに求められる「人間」と「日本語」の視点”という記事を見つけた。
私も現役時代はSEの端くれだったからこの記事の内容に共感するところがある。
情報システム(またはコンピュータシステム)は所詮人間がやるべきことを全部ないし一部をコンピュータにやらせるのだから、何をどのようにするのかを聞き出し、理解し整理して組み立てなおすには日本語がまともに使えることが前提だ。
しかしながら年々日本語をまともに使える人が少なくなってきたからあちこちでその弊害が出ているのではないだろうか?
極端な例では親子の間でさえそれが存在する。
「風呂、飯、寝る」が妻に対する夫の言葉だと非難されたのは10年近く前に言われたことだが、これと似たり寄ったりの状況が親子間の今ある。
子供に何を話しかけても返ってくるのは「うざい」の一言だけだったりする。
まともな会話ができないのだから口頭で説明もできないし、文章もまともには書けない。これでは社会に出てまともに仕事ができるわけはない。のだが現実にはそれで通ってしまっていることも多い。
芸能界特にお笑いと言われる分野ではまともでないことが売れる要素でもあるからかそれがひどいように思うが、これが一般人にまでも広がっているから始末が悪い。
現代の日本人はこのあたりのけじめがつけられなくなった馬鹿が多くなった。
そういう私も馬鹿の一員かもしれないと思うと自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
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# by kiyohito-o | 2004-09-14 16:22 | 雑感

私の夏休み

あなたの夏休みの思い出は?
パート勤務の仕事が中断して連続休暇にはいったのが8月後半。
まだ猛暑が続き、なかなか遠出をする気がおきなかった。
でも、家にじっとしているのも面白くないし気分も滅入り身体もなまってしまうからと、炎天下もものとせず自転車で多摩川べりを走る、皇居周辺を走り靖国神社の遊就館へ寄ってみる、秋葉原へ出かけ掘り出し物の中古パソコンを買ってくるなどした。
また、昔撮りためた8㍉映画をダビングしたビデオテープを持って勝手の職場の先輩宅を訪ねたりもして久しぶりに回顧談に花を咲かせた。
a0009647_11391077.jpgそして夏休み最後のイベントに3泊4日で天竜川流域を走るツーリングに挑戦もした。
おかげで両腕のひじから先は真っ黒に日焼けし、夏休みの結果を表している。
ちょうどオリンピックと重なっていたから、TV中継もこうした行動への励みになったのかもしれない。

シニア世代のサイクリストはまた秋も楽しみにしている。
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# by kiyohito-o | 2004-09-04 11:37 | 歳時記

数が多いのに邪魔者扱いの自転車

私の旅の主な足は4年前から自転車になった。
マイカーを持っていないというより運転免許証がないので、これまではもっぱら公共交通機関を利用するだけだった。
しかしながら最近は地方のバスや鉄道は本数が少なくなったり、路線が廃止されたりで非常に動きにくくなってきた。歳だからあまり動かない方がいいだろうから丁度いいではないかという御仁もいるかもしれない。しかし、どちらかというと巡る旅をしたいのでどうしても気軽に移動できることが望ましい。
                          (写真:スワコ遊遍館にて)
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そこで、健康維持増進をもかねて自転車を利用することにした。
かといって自宅から遠方まで自転車と言うわけにも行かないから、自転車を携行して鉄道などに乗って目的地まで移動するのだ。これを自転車愛好者の間では「輪行」という。
知らない人は輪姦などの類かと勘違いする者もいるかと思ったが最近は結構通じるようだ。

さて、自転車を利用するとバスや電車を利用するときよりも気軽に移動できるのが嬉しい。
古い町並みの狭い道を行くにも自転車なら交通規制を受けることも殆どないし、適度に多くの荷物を持つこともできる。何よりも燃料だの税金だの駐車料金などといった経費がかからない。さらには排ガスなど無縁だから環境にもやさしい。

しかしながら、自転車の旅を重ねるごとに不満が募るのは自転車を無視したような道路行政の怠慢である。自転車専用道と言うのがあるからいいではないかというが、ここを走っているだけでは旅はできないどころか生活さえできないだろう。その殆どが大きな河川の土手や河川敷にあるのだから。
歩道は本来歩行者のためのものであり、車道は車道で自動車のために作られている。自転車は歩道を行ったり車道をいったりでいずれからも邪魔者扱いだ。
交通法規の上では軽車両扱いだから原則は車道の左端を走るのだがこれがまた非常に危険の多いところなのだ。
道路行政に携わる人たちは一度でもここを自ら走って危険を感じてみて欲しいと願う
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# by kiyohito-o | 2004-09-01 13:07 | 雑感

かって我が家のアパートの居た住人

今夜NHK「プロジェクトX」のアンコール版「運命の最終テスト」を見る。
初めて日本語ワープロを開発した技術者達の苦闘の物語はいつもながら感動を与えてくれる。しかし、今夜はそれとは別な感慨を持った。
というのは、最終テストの結果をみて商品化にゴーサインを出した事業部長「都築公男」氏の名が出たからだ。
私の亡父が退職後に備えて新築したアパートに最初に入居されたのが東芝研究所の研究員でお子様が未だ小さかった頃の都築氏だったのだ。
当時は未だ私も高校生で世の中に疎かったが、氏の出身大学からの会報やら電子工学関連の学会報やらの郵便物を氏の部屋へ届けるたびに「この人はすごいことを研究しているのだろうな」とは感じていた。
私が民間企業に就職し、氏が勤務する会社の電子計算機のユーザの立場になり、ユーザ会報から氏が計算機事業部長になられているのは知っていましたが、今夜の番組でワープロ製品化の決定者であったことを知るにつけ「やはり重要な仕事をされたのだ」と感じました。氏が我が家のアパートに住んでから2年後くらいだったか健康を害され自宅療養されていたのを、隣室の住人からの申し入れがあったにせよ、亡母の部屋明け渡し要求にいやな顔をせず応じられたことをいまさらながら申し訳なくおもいだします。
そういえばあの頃は日航のパイロットだったり、航空自衛隊のジェットパイロットだったりエリートだった方が住人だったのは地の利が良かったのと新築ということがあったのでしょう。
年数を経るにつけ住人に変化が現れ管理人の立場から「人生いろいろ」を垣間見させてもらいました。
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# by kiyohito-o | 2004-08-31 22:46 | 雑感

天竜川流域自転車ツーリング

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残り少ない夏休みの4日間天竜川の流域を自転車で走る旅に出てみました。
もっとも有名な景勝地「天竜峡」はやはりすばらしい景観だったと思うのは自転車できたことと時間も早かったからでしょうか。
岡谷からここまでそれほど苦無くきたものの、ここからが大変な行程になるとは。
国道151号線は南に向けて高度を増していくので天竜川ははるか眼下になってしましました。
後半は暑さとのぼりで辛い旅になりました。
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# by kiyohito-o | 2004-08-30 17:37 |

時が移れば変わる

先日、元の勤務先の先輩宅を訪問した。
自宅から自転車で約25キロを2時間ほどだから自転車仲間でいう「ポタリング」(散歩の意)にも物足りない距離かもしれないが、このところあまり乗っていない身にはちょうど良い。
しかも、お宅へ上がりこんでから6時間弱も楽しく談笑させていただいたから往きの疲れはまったくなく、帰路は夜間の雨中走行となったものの顔にあたる雨の冷たさがむしろ心地よかった。

ここのお宅は国道からずっと入り込んだ旧東海道の道筋に近く、「権太坂(ごんたさか)」という名の急坂や旅人が脚を止めてお参りがてらに休んだであろう「境木地蔵尊」があり、その先には最も江戸寄りで現存する一対の一里塚「品濃一里塚」も大きな木が盛り土の塚の上で枝を広げている。

3年ほど前に旧東海道を自転車でたどろうと企て、日本橋から走りだした初日にここを通過したのだがそのときはお宅の住所や電話番号を記したものを持ち合わせなかったのと、先を急ぎたかったのとでお伺いすることは出来なかった。
わずか3年だが、このあたりの様子が変わっていることはすぐ知れた。
地蔵尊の前の道路は自動車がようやくすれ違えるほどの狭さで、徒歩で旧街道を訪ねる人が塀に身体を預けるようにして自動車をさけるほどであったのに、道幅は広くなっていた。

いや、変わったのはそれだけではなかった。
なんと地元の菓子舗が地蔵尊や坂および一里塚の名を冠した和菓子を創作し菓子博覧会で受賞したものを販売している。先輩宅でお土産に頂いたものを食してみると中々に美味しい。立派にお茶受けになるものだ。

旧東海道は徳川家康が江戸に幕府を移し、時をおかず主要五街道を制定してから一昨年が400年になるというので、かかわりのある地域の業者や自治体があちこちでこれにあやかった地域活性化を目論んだが、これもその一つのようだ。
400年というのを契機にTVや雑誌などの企画ものや書店に並んだ数多くのガイドブックなどで広く知れ渡るようにり、それまで何の変哲もなかった場所や地域に他所から多くの人が訪れることが変化をもたらしたのだ。

旧街道などは単なる生活道路と化したところも多いが、改めていわれを知ってみると面白い。その面白さが、結局は私を京都までたどらせる力になったでした。
もう一度、機会を得て旧東海道をたどってみたいと思っていますが、そのときはまた先輩宅へ寄らせてもらおうかとも。
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# by kiyohito-o | 2004-08-24 15:34 |

最適な居場所

猛暑が続くこの夏、3度目の夏を迎えた愛犬「チャコ」は比較的暑さに強いようだ。
a0009647_938855.jpgとはいってもさすがに食欲は多少落ちているし、横になっていることが多い。
我が家は建物の東側と北側そして西側の玄関前までを「チャコ」が自由に行動できる場所に開放している。
玄関前は我が家で一番涼しい風が通るところで、いち早く「チャコ」はそれを見つけた。
ここなら涼しい上に家族が出入りするので必ず顔を合わせられるし、外部の人が来たときも分かりやすい。更に玄関の戸を開け放しているから家族がトイレだ洗面所だ風呂場だと行き来するのも見えるから家の動静が確実に窺える。
実に夏場は最高の場所なのだ。

冬になると東側の陽のあたる場所にいる。
小屋の中へ陽が入るときは小屋の中でいい気持ちそうにして寝ている。
動物は本能的に最適な居場所を探すことができる。
それに引き換え人間、特に日本の現代人は他からの情報に頼りすぎてはいないだろうかと思う。
自分には自分にあった環境というのもあるだろうに、他人が良いというからそれをまねてみる。少し立つと不満が出てくる。その不満を他人のせいにしたがる。
自分で選んだのだから自分の責任なのに。
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# by kiyohito-o | 2004-08-19 09:39 | ペット

夜景が価値を更に高める「ぶどうの丘」

山梨県勝沼といえば全国的にもワインでその名を知られている。
旧盆の昨日、妻の実家へ墓参にでかけ、帰途は勝沼町が一望できる丘の上にある町営の観光施設「ぶどうの丘」へ立ち寄り、温泉につかりレストランで食事をした。
ここは全国一のぶどうの産地とほこる勝沼町が観光客誘致のために開設した施設で、当初はワインカーブを持つ売店と国民宿舎的な宿泊施設だけだったのだが、評判を得たことから順次施設を増強し、今はワインに合う本格的な肉料理を出すレストラン、眺望のすばらしい温泉、美術館、イベントホールなどをそなえた総合観光施設となった。
ここが人気を博するのはひとつに360度の眺望が得られる小高い丘の上にあるという立地条件と、170にも及ぶ銘柄のワインの試飲ができるワインカーブそして日量200トンの天然温泉があるからだろう。
妻の実家に近いことからこれまでにも幾度か来たことはあるものの、昨日は初めて温泉に入りレストランで夕食をしたがそこで改めて立地条件のすばらしさを知った。
小高い丘の上というだけではどこにでもありそうだが、ここはもうひとつすばらしいものがあるのだ。それは夜になると甲府盆地に広がる塩山、山梨市、石和市などの明かりが宝石箱を開けたようなきらめく夜景が広がるからだ。
この夜景は、JR中央線の勝沼駅ホームからもみることができるので、これまでも幾度かその美しさを見知ってはいた。しかし露天風呂からあるいはレストランから眺める夜景はもっとすばらしかった。宝石箱が近くなったせいかもしれない。
この夜景があることで「天空の湯」と名づけられた風呂も、ワインをのみがら食べる料理もひときわ上等なものになってくる。
公共企業体が設置運営する施設はなかなか採算がとれず、年を経るごとに急速に施設は老朽化して例が多いようだが、ここはよほど収益をあげるのか発展している。
春の桃源郷、夏の桃やぶどう狩り、秋の紅葉狩りといった楽しみもあり宿泊施設も空きは少ないようで、予約も難しそうだ。
言い忘れたが、晴れた日ならば昼間もすばらしい。甲府盆地を取り巻く南アルプスの山並みが広がるからだ。
今この勝沼町は近隣の6市町村で合併協議会がもたれており、つい先日(7/28)まで、新市名の募集を行い、17年3月に新市誕生となる予定でいたのだが、山梨市が離脱を決定して振り出しに戻ったという。
はてさて、合併は各地域にどんな功罪をもたらすのであろうか?
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# by kiyohito-o | 2004-08-15 10:35 |