「ほっ」と。キャンペーン

自転車に乗って風を追う

130キロを走って従兄弟を訪問

明日行われる叔母の法事のため群馬県太田市まで東京の自宅から自転車で走った。
国道122号線を行くが、川口を過ぎて東北自動車道と並行するようになると味気なさと埃っぽさに嫌気がさしてきたので道をそれる。
伊奈町を通過するときは右側に水田が続き路面もよいし、道幅もあるのに自動車が少なく気持ちがいい。
蓮田を過ぎ菖蒲町で再び122号線にもどり、田園風景の中を羽生の手前まで走る。
羽生の市街に入って早めの昼食を摂る。
昼食後は市街を抜け秩父鉄道を越えたところで122号に戻って昭和橋で利根川を渡るが、昭和橋の手間のほうで歩道を走っていたが信号のある交差点を100mほどいったところでぷつんと歩道が切れて「この先通行不可」の看板が立っていた。車道に出るほかないのだが車道との間には15センチほどの高さのコンクリートブロックがつながっており、荷物でおもくなっている自転車を持ち上げて車道に移ろうとしたが自動車がすぐ際を走り抜けていくので危険を感じ、やむを得ず信号まで引き返した。
信号から歩道の終点までの間に脇へそれる道はないのだから、看板の位置をもっと手前にすべきだと不満を持った。
東武伊勢崎線の茂林寺駅近くで国道から東へ入り、「分福茶釜」で知られた茂林寺に立ち寄る。山門をくぐり本道に向かうあいだの両側にはさまざまなご面相の狸像がならんでいる。
a0009647_2232976.jpg
a0009647_22331037.jpg

本堂に分福茶釜がるというので拝観料を払って入ってみる。それ自体はなんの変哲も無い茶釜だが「しょうじょうじのたぬきばやし」という童話にまでなったという由来がうまれたことになるとそれらしく見えるところが面白い。
a0009647_22385014.jpg


ここから少し北にある館林の「つつじが岡公園」にも足を伸ばす。
樹齢800年を超えるヤマツツジの他多数の由緒あるツツジが植えられていることで有名だが先の茂林寺とともに、幼児の頃から何十度となく東武伊勢崎線を使っていながら初めてきてみたのだが、これも自転車を旅の手段にするようになったからだと改めて実感する。
a0009647_22564965.jpg

ツツジを見たあとは再々度122号線を竜舞町まで走り北に方向を変えて程なく太田市の従兄弟宅へ到着した。
あらかじめ一晩世話になることは伝えておいたが、自転車でとは言わなかったから皆驚いていていた。
どうやら明日は雨になりそうな気配だ。が法事の後の食事もいつ終わるかわからないし、明日には帰宅する必要もあるから当然輪行で帰ることにする。

今夜は久しぶりに従兄弟夫婦とゆっくりと談笑もしたし、気持ちよく寝られそうだ。
[PR]
# by kiyohito-o | 2006-05-06 23:48 | 自転車

パソコン教室のインストラクター

今日からシルバー人材センターで会員を対象にしたパソコン教室が始まり、そこで午前のクラスのメイン講師を務めることになった。
受講生はパソコンがまったく初めての60才以上の人達ということに加え、指導目的が「就業に役立つもの」ということなので一般的なパソコン教室とは違った運営で進めていくことをスタッフで決めた。

まだ、今日の段階では内容の適否は見当がつきにくいが受講生のやる気は十分に感じられた。
1クラス9人、6クラスの募集が数日で定員に達するという嬉しい誤算だったから、スタッフも気を引き締めていかなければと、初日の授業が終えた後のミーティングで話し合った。
[PR]
# by kiyohito-o | 2006-02-11 23:19 | 仕事

新しい仕事

今日から新しい仕事に就いた。
シルバー人材センターからの派遣で大田市場の場外にある青果会社で経理事務をすることになった。
月曜から金曜の9時から5時までが勤務時間。市場は月曜から土曜まで開いているので土曜日の出勤も要求されたのだが、パソコンのヘルプデスクをかねることで免除してもらった。

具体的な仕事とはどんなものなのか?
どのような職場なのか?

定年後2年間は半年ずつ「東京都IT専門家」なる肩書きで都立高校の職員室を仕事場としてきたり、昨年後半からは民間の学習塾が運営するパソコン教室で個別指導を担当してきたりしたがまともな勤務体制は3年ぶりだから多少の不安と未知の職場への興味とが錯綜する。
[PR]
# by kiyohito-o | 2006-01-16 22:59 | 仕事

「ALWAYS三丁目の夕日」

今日も映画を観てきた。
初めて川崎のチネチッタへ行ってみた。

この映画の時代設定は東京タワーが建設中の頃だから、私が高校生のときだ。
通学の電車から、あるいは学校の屋上から塔が伸びてゆくのを興味深げに眺めていたことをおもいだす。
それにしても、あの時代は映像で見るほどに古臭いものだったのだろうか?
確かに50年弱の時間を経ているのだからそうなのだろう。
映画自体にはさほど感じたものはなかったが、忘れていたことを思い出させてくれた。
[PR]
# by kiyohito-o | 2006-01-06 22:38 | 映画

都心ポタリング

まだ松の内。
目的は秋葉原だったが靖国神社と神田明神へ初詣に立ち寄る。
靖国神社の境内では猿回しが正月らしい気分に楽しませていた。
一通りの芸を演じる終わるとざるを持って見料を集めに回ってきたが、その前に「正月なので100円単位の小銭なんていうことはないでしょうね」などと案に千円以上を要求してきたので気分を悪くした。

神田明神は秋葉原ということからかなりの賑わいだった。
ここの名物?でもある「ITお守り」をパソコン個別指導の受講生にと買い求める。
神頼みでパソコンの技能が向上することもないだろうが励みにして欲しいとねがってのことだ。
[PR]
# by kiyohito-o | 2006-01-05 22:40 | 自転車

「男たちの大和」

娘の家族も昨日帰っていったので再び静かになり、手持ち無沙汰になったからというわけではないが有楽町まで妻と二人で映画「男たちの大和」を観に出かけた。

公開されてから2週間を過ぎているが観客の動員は好調らしい。
とはいえ、三が日の中ということからか以外にも空席があった。

期待したほどに印象に残るような場面はなかった。
が、戦艦大和の大規模なセットを使ったシーンは圧巻で、迫力はある。
なのに、上級幹部が主人公でないから真実味を感じた。

10代の若い兵士が家族のため、将来の日本国のために戻れないことを
知りつつも最後まで戦い続けたことを、今の我々はすっかりと忘れ過ぎてはいないだろうかという思いにかられた。
また、初めて気がついたのは今を生きる我々の犠牲となったのは戦死した兵士や、本土空襲で亡くなった人ばかりではなく、その遺族たちも犠牲者なのではないかということだ。

戦後60年を経た今、私たちは戦争犠牲者の願ってやまなかった日本国にしているのだろうかと考える正月となった。
[PR]
# by kiyohito-o | 2006-01-03 21:54 | 映画

我が家のペット犬の癖

今年の干支は犬だから、我が家のペット犬「チャコ」は年女ということになる。
ということで、えさの中におせち料理の中からいくつかを添えてやった。
常習的に人間と同じものをやっては健康を害するが、この程度なら良かろうと。

このチャコは2月で4歳になる。
我が家に生後2ヶ月弱で来た当初は手のひらに載る位に小さく、もそもそした毛並みは濃い小豆色といった感じで、鼻の頭が白くて貧相だった。
が今は毛色も薄目の茶色で鼻もすっかり黒くなって丸い目で見つめられると結構可愛い。

1歳半くらいまで面白い癖があった。
夕方5時になり防災無線のスピーカーから「夕焼け小焼け」のメロディが流れると、これに反応して吠えるのだ。最初は我が家の誰も気がつかないでいたが、隣家に住む義妹が教えてくれた。
以前、少し離れた家で飼っていた犬がやはり同じような行動をし近くの書道塾に通う子供たちに人気だったらしいが、我が家の犬が同じことをするとは面白い。
ある日の散歩の時に、スピーカーの近くで5時になりメロディが鳴り出すと足を止めて首をかしげ、やがて例によって吠え出すと、近くにいた人たちが面白がってみていた。
これは、チャイムの波長が犬を刺激する波長と近いことによるものだそうで、結構ほかにもいるらしい。

が、今は5時になっても知らん顔を決め込んでいるのは大人になったせいだろうか。
しかし、違う癖を見せている。
居間の庭に面したところに庭から上がってもいいように、敷物を敷いてありそこにあがりこんでいることが多くなったが、我々が食事を始めるとそこから逃げるように庭におり自分の小屋に入り込んだり裏庭へ行ってしまう。
そして食事が終わると、また戻ってくるのだ。

食べているのを見るとほしくなってしまうからそうするのだろうか?

聞き分けのよいところを見せて追い出されないようにしているのだろうか?
いずれにせよ、我々にとっては喜ばしい癖だと思っている。
[PR]
# by kiyohito-o | 2006-01-01 00:21 | ペット

5年ぶりの旧東海道

今日も風が弱く快晴。しばらく遠出をしていないのでうずうずしていたので我慢できずに自転車で家を出る。
楽に走りたいから平坦な第一京浜を横浜へ向かった。その先は未定。
神奈川公園が見えたところで青木商店街に入って旧東海道をだどることにした。
このあたり何度と無く来ているが旧東海道をたどるのは5年ぶりだ。

青木橋跨線橋を渡り台町の坂を上り、下って環状一号線に沿った裏道を行く。
16号線と交差する手前の松原商店街は歳末ということもあって人手が多く自転車で突っ走れない。旧東海道に商店が並んでにぎわっているのを見ると時代が変わっても街道が生きているという感じがしてうれしくなる。東京寄りでは品川や鶴見の市場町がそうだ。

保土ヶ谷駅の西側で急に道幅が狭くなっていた旧道は広くなったままJR線の踏切を渡り陣屋前の1号線に出る。5年の間に様子が変わってきていることに驚いたのはここだけでなかった。
旧東海道の権太坂を上りきってまもなく境木地蔵尊があるのだが以前は狭い道で、旧道を尋ねる人たちも車が来ると傍らの家の玄関に身を避けるようだったのに、道幅が広くなり、バイパスへ直進する道が付けられ、歩道も広くゆったりしていて、かっての面影は想像不可能なくらいだ。

変わったのは地域の様子だけでなく私も変わった。
旧道の権太坂はかなりきつい上りで、以前は自転車を降りてほとんど押し歩いたのだが今日は途中で息つきはしたものの押し歩くことなく上りきることができたほどに力がついていた。

東戸塚駅に近い品濃一里塚からの西側に開けていた展望も、高層マンションの窓が見えるだけになっていたし、境木地蔵からの道も両側の大きなで暗いかんじだったのがひどく明るくなっているように思えた。

この後、戸塚駅脇の踏み切りで8分待たされほかは順調に大磯まで走り5年ぶりの旧東海道を楽しんできた。
こうなると、また先へと行きたくなってきた。後日また走り出すかも知れないという予感がする。
[PR]
# by kiyohito-o | 2005-12-16 23:07 | 自転車

多摩丘陵ポタリング(その2)

明日の勤労感謝の日を祝うかのような穏やかな晴天。
是非やらなければならないという用事もないのを確かめ9時半近くに家を出る。
再び多摩丘陵方面へ行きたくなったので多摩川の丸子橋を渡り中原街道を進み府中街道にでて府中方面に向かって走る。
右手に等々力緑地を見ながらの道は大型車が結構多い上に道幅もやや狭くなるので緊張する。
最近テレビで自転車事故に関する報道を目にすることが多くなってきたことが潜在的に恐怖心を植えつけられてきたのだろうかと思ってしまう。

第三京浜の高架下を潜り抜けた先で左手に斜めに分かれる旧道らしい道を進む。それほど長い距離ではないが道幅も広く舗装も痛んでいないので気持ちよく走れる。右側の暖かい陽射しを受けた木造民家は戦前のものらしい落ち着いた風情が感じられた。
庭の柿の木には青空をバックに熟れた柿の実がいくつか残っている。

溝口あたりから生田の高台の裾を二ケ嶺用水に沿って伸びる道は車も少なくなって走りやすくなってきた。長尾橋交差点で左に上る坂の向こうに何かありそうな気がして上り始める。結構つらい上りになった。坂の上の方で道路工事が行われ一方交互通行になっているので途中で待たされたから勢いをとめられたのでなおさらだ。
a0009647_10386100.jpg上りきったところは五所塚、そのまま更に進みゆるく下っていくと「長徳寺」の案内を見つけたのでたどってみる。関東36不動尊の一つで「神木山長徳寺等覚院」であった。門前の細い道に不不似合いな立派な山門がある。本堂まで階段をあがって振り返ると眺めが開けている。

再び長尾橋に戻り、稲生橋交差点を左に折れて坂をあがり二股の分岐を右に行くと生田緑地の入り口になる。広い道が続いているが自動車は勿論、自転車も進入禁止とのこと。駐輪場に自転車をおいて川崎市立日本民家園に入ってみた。
名前は知っていたがこれまでくることは無かった。古民家が並んでいるだけだろうと思っていたのだが丘陵の斜面を利用して23棟の古民家が樹木にの生い茂る広い敷地内に点在させてあったから古民家のもつ雰囲気を損なわないでいるのがうれしかった。
a0009647_1124224.jpg半数弱は地元川崎と県内のものだが、ほかは全国各地から移築し復元したものだという。
これまでにもあちこちで古民家をみてきているが、太い柱と梁で組まれた力強さを感じる。特に屋根を支える梁に自然の木の曲がり具合をアーチ状に生かした巧みさには感心する。
古民家は隙だらけで消して上等な住環境ではなく、冬の寒さは相当なものだと思われるが、それでも焚き木が燃える囲炉裏を囲んで家族が食事をし、団欒をし、仕事をする光景を想像すると暖かさがわかるような気がしてくる。子供のころ母親の実家で囲炉裏を囲んで食事をしたことが思い出されてくる。
a0009647_1145757.jpg
園内でもみじが見事に紅葉して真っ赤になって太陽の光を受けていたのもきれいだった。

八王子方面まで走ろうと矢野口交差点で鶴川街道に折れた。道はやや細くなるが車は少なく落ち着いた雰囲気がある。しかし民家園で時間を費やしたこともあり途中で断念し、稲城駅近くで府中街道に合流する住宅地の中のわき道へと方向転換した。
南多摩駅近くの大丸交差点で府中街道に戻り、多摩川の是政橋を渡るとサイクリングロードに入り、丸子橋に戻った。
水道橋からは川崎側に戻った方が舗装されたサイクリング道路なので快適なのだが、あえて未舗装の方を行った。砂利道は走りが重くなるし、腕に響く振動で疲れもでるのだが久しぶりにワイルドな感じを見たくなったからだった。

途中東名高速が横切るところにある警視庁自動車練習所の脇で休憩する。
そこでは、電気、ガス、水道、道路補修などの緊急車両が緊急出動時の訓練をやっていた。
これまでこのような訓練を行っているなど知らなかったので興味深かった。
交差点での一時停止の仕方、歩行者や一般車両への注意呼びかけなど現場へ短時間に到着できるように運転しつつ安全も確認しなければならないのは結構大変であることを認識させられた。
[PR]
# by kiyohito-o | 2005-11-22 21:57 | 自転車

多摩丘陵ポタリング

今日は前日になって予定がキャンセルになりフリーとなる。
久しぶりに晴天の土曜日、家にいられるわけがない。
妻にいわれるまでもなく、朝食後すぐしたくをしてペダルを踏み出した。
さて、行き先はそのときの気分とはいいながら、しばらく行っていない多摩川へと国道1号線を進み多摩川大橋からサイクリングロードにでる。
風もないのになぜか脚が重く感じる。
このところ仕事先へ片道5キロ程度を走るだけになっていたから萎えているのだろう。
それでも二子玉川、和泉多摩川といくうちに力が戻ってきた。

土曜日ということもあって多くのサイクリストに出会い、追い抜かれる。
めっきり、中高年サイクリストが増えた。それも自転車はロード、上から下までレーシングスタイルで決めている。
私のように、ごく普通のカジュアルスタイルでクロスバイクjに乗っている人は非常に少ない。
書店には多くの自転車関係の書籍が並ぶようになるほどの最近の自転車ブームを典型的に見せているのがサイクリングロードだろう。

いつもは下をくぐって通りすぎる関戸橋を、今日は日野へ向けてわたった。
橋の南詰めから程なく川崎街道の交差点になる。
この川崎街道を淺川の上流へ向けて走ると百草園入り口に出る。数年前に妻と百草園へ来たのも今頃の季節だったろうかと思い出す。
a0009647_9425757.jpg義兄の住む三沢を通りすごせば高幡不動。境内では菊花展が開かれていて出店もありにぎやかだが、七五三参りの参拝客も覆いから一段と華やかだ。

高幡不動から八王子方面へと北野街道を走る。
左手は丘陵、右は併走する京王線の向こうに淺川が流れる静かな郊外風景だ。
片倉で16号線に左折し、御殿峠をだらだらと上る。
そして橋本へ下る途中でやや後ろにつけてきた乗用車とハンドルが接触しよろけた。
あやうく自動車の後輪に触れる危機を避けえた。
どうやら私を追い越して左折しようとしたらしい。坂を下る自転車のスピードを読みきれていなかったようだ。

橋本駅前で昼食をとり、更に相模原市役所近くまで16号線を走る。
ちょっと孫の顔を見に娘の家に立ち寄るのが目的だ。家をでるときはまったく考えていなかったことだった。
30分ばかりでいとまごいをし16号線に戻る。

淵野辺で16号をわかれ鶴川方面に下る。鶴川の手前で鶴見川のサイクリングロードに入ってそのまま市ヶ尾まで川沿いを走る。
川の水はなぜか土色ににごっているが、下流になるとそれも消えていった。
ここの川底は岩盤で、水に浸食されずに残った部分と侵食された部分とが目を楽しませてくれるところがある。

市ヶ尾から246号に入り、尻手黒川道路を野川交差点まで走り、中原街道に左折する。
いつもここまでくれば帰ってきたも同然の気分になる。
丸子橋で一息つく。河川敷のグランドもうっすらと夕もやがかかってきていた。
[PR]
# by kiyohito-o | 2005-11-05 22:17 | 自転車