自転車に乗って風を追う

ぶどうの丘

午前中だけの仕事から戻り、手短に昼飯を済ませると最寄の駅から中央線高尾で乗り換えて勝沼ぶどうきょう駅に向かう。娘達を連れ一家で妻の実家へ里帰りした頃は新宿から普通電車が出ていたので楽だった。が10年前か、20年前にもなるか高尾から先へ行くには高尾で乗り換えねばならなくなった。その一方、通勤時間帯には大月から東京駅までの直通も走るようになり、大月も通勤圏内となってきたり、「あずさ」や「かいじ」などの特急がメインになってきている。
「勝沼」の駅名が「かつぬまぶどうきょう」に変わったのも、「初鹿野(はじかの)」の駅名が「かいやまと」に変わったのも国鉄民営化後のことだが普通電車での旅が難しくなった路線だ。

妻の実家は駅から山の方へ上っていく。徒歩で凡そ20分。
歩き出してすぐに大粒の雨が落ちてきた。かなり大きな雷鳴がとどろいていたからいつかは降ると覚悟をしていたが雨脚は速かった。
傘をさしてあるく。上りがきつくなり始めるところにある神社までくると道路はまったく濡れていなかった。水を打ったところと、そうでないところのように見事なまでにはっきりしていた。
しかし、実家の手前200メートルあたりで俄かに雨が降り出し、一旦たたんだ傘を広げる羽目になった。

a0009647_1753464.jpg盆休みで農作業を早めに切り上げた義兄と妻との三人で駅の南にある町営の「ぶどうの丘」へ出かける。
ここは大菩薩の山すそが甲府盆地と交わるあたりにある小高い丘で、勝沼、塩山、石和、山梨市などが見渡せるところで、ここに勝沼町が観光施設としてワインの試飲ができるワイン蔵を作ったのが始まりで、人気を呼ぶにつれて宿泊施設や入浴施設など拡大していった。
今も南欧風の宿泊施設など予約がとりにくいほどの人気だ。

まず、「天空の湯」と名づけられた風呂へ入る。
眺めのいい露天風呂もあるからだが、この風呂は天然温泉だから人気があるのだろう。
風呂と、ワインと、良い眺めとくれば客も来るというものか。

風呂からあがると、レストランで食事だ。
外はすっかり暗くなり、右手の塩山から正面の石和方面まで街の明かりが輝いている。いわゆる「100万ドルの夜景」というやつだ。
この夜景をみながらワイングラスを傾けつつ話が弾む。
ワインボトルが空になったところでステーキで食事。以前に比べると肉が薄くなったように感じるのはBSDの影響なのだろうか。
町民だからということもあるが、更に顔を知られている義兄はワインの酔いの勢いも加わってか係員に少しばかり皮肉を言っていた。

私もワインの酔いがなかなか醒めず、帰宅してまもなく寝入ってしまった。
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# by kiyohito-o | 2005-08-14 22:00 |

暑い中、渡良瀬川サイクリングロードをはしる

前夜の野宿地大間々の高津戸峡は下から上る渓流の音の他に何も邪魔するものもなくゆっくりとできた。
起床すると、水辺まで遊歩道の階段を下りて顔を洗う。滔々と流れる水流は水際に立った足元へ繰り返し波を寄せてきた。
テントを撤収してから簡単に朝食を済ませ、自転車に荷物を載せる。それほど散らかしたわけでもないが備え付けの箒で東屋の中を掃除してから出発。
左岸を行くことにした。地図を見たときその方が静かな道のように思えたからだ。
道は舗装され、自動車も十分に通れる幅があったが曲がり角が多いのは地形に倣っているからだ。民家の立ち並ぶ前を行くから生活の匂いが感じられるのがいい。
程なく小さな社がありその先に「旧高津戸の渡し跡」の説明板があった。当時はさぞかし川を渡っても両側は高い崖なので上り下りが大変だったろうと想像する。
道はおおきく左側へ回り込み川から離れてゆくが路面も良いくだりだからたちまちのうちに桐生の市街地に入る。
土曜日の早朝の市街は人気も殆ど無く、時折学生の姿を見かけるだけだった。
渡良瀬川にかかる錦桜橋というあでやかな感じの名の橋へ出る。橋の中ほどに出て川上と川下の様子を眺めてみる。朝曇の天気の下でやや冴えない景色だ。
ここから左岸の土手の上は快適なサイクリングロードで早朝だけに両脇の草地の緑もすがすがしい。しかし、それもつかの間グリーンカップゴルフクラブのあたりから幾分ん快適さが薄らいできた。
足利工大の先にある鹿島橋を渡って一旦太田市に入り母方の実家の菩提寺へ寄り、ここでも形だけながらも墓参する。母方の実家へもと思ったが従兄弟が早朝勤務を終えて寝に入るところだろうかかと気がつき遠慮することにし、再び鹿島橋を渡って足利市へ戻る。
ここで携帯の電話帳を確かめるとこの近くに住まうはずの従兄弟宅の番号が登録してあったので電話をしてみると、在宅しており寄っていくようにとのことだった。その言葉に甘えて教えてもらった道筋をたどるとホントに目の前のような近さだった。
1時間半ほどお宅に上がりこんで談笑する。突然の訪問客で迷惑かと思ったが老夫婦だけの毎日の中でいい刺激になったと言ってくれたのが救いだ。
従兄弟宅を辞し、再び渡良瀬川沿いの道をを行く。雲っていた空も陽射しが強くなってきたが強くない向かい風が熱く、風を切っても涼しさが感じられなくなってきた。

足利の市街で一旦両毛線を超えて目抜き通りへでてみた。早めの昼食をと思ったのだが入りたい店が目に付かず結局福寿大橋まで行って右岸に移った。工業団地の中の味気ない道を行くと手打ちラーメン店の手書き看板に目を留めそれをたどっていくと土手下にある店に出た。
未だ12時前だからか先客は一人だったがすぐに出て行った。暑い中を走っていたので熱いラーメンは食べる気にならず冷やし中華と餃子を注文。そして未だ注文したものが出てこない間に続々と客が入りだしたちまち満席になった。ここでも私の「招き猫」ジンクスがと内心苦笑する。
食べている間にも入り口に客が並び始めたので食べ終わるやいなや追い出されるように店を出て、さてとペダルを踏み込もうとしたとき店にグローブを忘れてきたことに気がつくと同時に店の人が「これお客さんのですよね?追い出すようになってすいませんでした」と詫びをも加えて届けてくれた。

午後の暑い陽射しが右側から照り付けてくる。土手を走っているのに風に涼しさがまったくない。川は広いが水面は草に隠れて見えない。川筋は大きく蛇行しているので道もゆるく左右にカーブを描くから単調にならなくていい。
サイクリングロードが切れたので橋を渡り左岸に移る。どこか一休みできるところはないだろうかとあたりをみながら進むと寺が見えた。土手から降りる道が少し先にあるのを見つけ近づいてみると降り口には公害運動の原点と言われる足尾鉱毒事件で天皇陛下に直訴まで企てた田中正造の墓と当時の集会所跡だという雲龍寺であるとの案内だった。
足尾鉱毒事件については母からも生前に田んぼが鉱毒で一面青くなって米のとれないこともあったと聞かされたが田中正造については比較的最近になるまで深く知ることはなかったので境内にある説明板をじっくりと読んでみた。
墓所に手を合わせ、本堂脇の水道で頭から水を浴び、山門の日陰で一息入れた。

雲龍寺のすぐ先で再び左岸に移りペダルを踏むがどうにもこうにも暑い。熱中症になってはまずいとまた休むことにした。しかし、まったく日陰がないのでバッグからシートを出し、テント用の紐とペグを使って自転車から斜めに張りその下へ寝そべり、30分ほど休憩をとる。
休んでいる間に雲が広がり陽射しが弱くなったこともあり再び走り出した。
東武日光線の鉄橋をくぐるとまもなく渡良瀬遊水地に出た。

藤岡大橋のたもとから河川敷の中の道を進む。しばらく砂利道が続いたがそれもほどなく舗装路になった。両脇は背の高い草に挟まれまっすぐに伸びる道の行く手しか見えない。
こういうところだとある程度の認識があったし、真夏の日中ということもあるからまったく怖さを感じることはないが、夏以外の季節の夕方に近いじかんであったら怖さを感じるかもしれない。
ジグザグの道を登って土手畝の道にでると広大な遊水地の真っ只中にいるこtが判った。
とおく前方にはパラグライダーが空を舞っているが広い遊水地のほんの一部しか占有できていなように見えた。
遊水地の手前の方にグライダーが3,4機駐留されていたがあのグライダーも遊水地の上を周回するのだろうか。

遊水地の南端に近づいたころ再び陽がさしてきたが3時半に近くなってきたので幾分暑さも和らいだようだがそれでも暑い。
栗橋までの予定だったが日光線の新古河駅が近いのでここで終わりにしても良いかと駅前に行ってみた。雑貨屋風の店がありここで自販機の飲料を買っていると店の叔母さんがうちわを使いながら出てきて「冷たい水があるよ」とまた中に戻って手にボトルとマグカップを持って出てきた。ありがたく冷水を頂戴する。旨い!なによりのもてなしだ。
「どこからきたの?」
「今朝は大間々からきました」
「それはえらいね、この暑い中を」と半分あきれていたようにも見えた。
宅配を扱う店はないかと問うとここにはないというのであきらめて栗橋まで行くことにし、冷水のお礼を言って別れた。

再び渡良瀬川の土手を走って栗橋へ向かった。やがて行く手は右からの利根川に合流したが利根川を渡る橋がない。渡良瀬川の左岸に渡る橋はもうずっと手前になってしまったが、そこまで戻るか、利根川の左岸をさかのぼって橋を渡るか迷う。地図帳を開き、約10キロ上にある埼玉大橋を渡ることにした。
この橋はなぜか川の水面からかなり高く、川のかなり手前からアプローチが始まっているだけでなく、歩道も狭いから車道も通行量が多く気が抜けない。

橋を渡ったところで道の駅「童謡のふる里おおとね」があったので最後の休憩をとる。
雲行きが怪しくなってきたので出かけようとするところで雨が落ちだした。
どうせ汗をかいて濡れるのだからとそのまま駅に向かって走り出す。
栗橋駅までは平坦ではあるが、路面はよくない処も多い。

ようやく栗橋駅に到着。荷物を宅配で送ろうと宅配を扱う店を探すが駅前には見当たらない。
やっとコンビニを見つけて宅配を依頼し、駅に戻って輪行の準備を始めた。
ここは宇都宮線だから自宅近くの駅まで乗り換えなしの電車にのり今回のツーリングを終えた。
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# by kiyohito-o | 2005-07-30 23:10 | 自転車

暑い中、関東平野を北上

朝5時30分、曇り空ではあるが蒸し暑くなりそうな予感を抱きながら家を出る。
クロスバイクにフロントバッグとサイドバッグを付け、キャリアにはテントを積んだ。今年初めてのキャンプツーリングだ。
行き先は渡良瀬川の上流部が終わりになるあたりの大間々だ。
3年前の秋に渡良瀬渓谷鉄道の終着駅「間藤(まとう)」から川に沿った道を下ったが、大間々からは川をはずれて伊勢崎、本庄へと南下したので、今回は改めて大間々から渡良瀬川沿いを走ってみようと思った。
電車で大間々まで輪行することを考えていたが、キャンプツーリングをしたかったので荷物が多くなり輪行が不可能にちかかったからやむを得ずの自走となったというわけだ。

17号線と旧中山道を使って熊谷までは何度か経験もあるから特別な思いも殆どない。
11時、開店時間を待つようにして熊谷のファミレスで早めの昼食をする。浦和を過ぎたあたりから陽が照りつけ始め暑さが辛くなってきたから冷房のきいた店内は極楽だ。

いよいよ陽射しは更に強くなるなか妻沼(めぬま)の市街地へ向かう道をたどる。車道の端はアスファルトが凸凹になっていて走りづらいから中よりに出てしまったら路線バスがクラクションを鳴らしてきたので慌てて左にハンドルをきったらバランスを崩し傍らの塀に当たって左薬指を切り血が流れ落ちてきた。救急バッグからガーゼとテープを取り出して切り口を閉じるようにしながら撒きつける。

妻沼の市街中心部にくると左手に日本三大聖天の一つとして知られる妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)が見えたので暑さしのぎをかねて立ち寄る。この道は父が太田の病院に入院している頃バスで何度か通過したことはあるのだがこの聖天山は初めてだ。
生憎と本堂は解体修理中で見ることができなかったが如何にも時代を感じさせる山門は夏の日差しの中で悠然としていた。山門の日陰は風が通り抜けすっと汗が引く。

利根川に出て刀水(とうすい)橋を渡ると群馬県太田市に入る。ここから一気に薮塚や桐生方面へ直進してもいいのだが細谷方面へ道をたどる。江戸時代中期の思想家で明治維新の先駆者とされる人物の高山彦九郎記念館へ寄ってみたっかたのだ。
すぐ近くに従兄弟もいて時々行くこともあるのだがついぞこの記念館に行く機会が無かった。
この人物の存在を知ったのは比較的最近のことであるが、昨年に久留米でこの人の墓所がある遍照院を訪れたこともありなおさらの思いがあった。
地味な存在ではあるが、全国を行脚し幕末の混乱期に思想家のネットワークを作り上げた功績がたたえられていることに納得をする。

未だ陽は高く暑さも一段と強くなってきた道を走る。
風は送り風だし、道も平坦なので思いのほか距離が稼げるが暑い。裏手に涼しそうな木立のある神社を見つけ木立の中で休むことにする。すぐそばの児童公園の水道の蛇口をひねると冷たい水がほとばしってきた。それを頭からかぶってほてりを和らげると実に気持ちいい。
冷たい水のありがたさをしみじみと思う。
ベンチの上で寝転がりしばらくまどろんでから再び走り出そうとすると、少し前に駐車したらしいパトカーの警官が「この暑いなかを自転車でよく走るね。気をつけてくださいね!」と声を掛けてくれた。白髪頭の爺風情が自転車ツーリングなんてあきれていたのかも知れないが。
そういえば、高山彦九郎記念館の職員も東京から大間々まで行くつもりだと聞いて半分あきれていたようだった。

薮塚温泉への道を右にみて桐生方面へ進むと少しずつ勾配を感じるようになってきた。
温泉宿に泊まって一風呂浴びたらどんなにか気持ちいいだろうなと思いながらも、今宵は絶対に野宿なのだと言い聞かせる。ここで誘惑に負けたくはなかった。
もう少しで利根川に出るというあたりでコンビニに立ち寄り、どこでこの走りをやめてテントを張ってもいいように水と若干の食料を購入する。
地図を開くことも無く大間々駅方向を示すGPSの矢印と道路標識だけで走り続ける。
もうかなり走っているようなのにそれほどの疲れは感じていなかった。
大間々の市街地に入りなおも北上すると高津戸峡・撥滝橋への案内を見つけ、渡良瀬渓谷鉄道の踏切を超え川に向かうとすぐに歩行者専用の撥滝橋はあった。
橋をわたった袂から階段状の遊歩道を少し下ったところに東屋風の休憩施設があるのでここを今夜の寝所と決める。
時間は17時少し前。家を出てから12時間弱。走行距離133キロ。これは自己最高の一日の走行距離だった。

しかし、ついてみるとさすがに疲れがでてきた。とりあえず蚊取り線香だけを炊いてベンチの上で横になるといつしか寝込んでいて目が覚めたときは18時半に近かった。
もう殆ど人も通らず、渓流の流れの音だけが私の全身を包んでいる。
水分を取りすぎたためか疲れのせいか食欲も無かったので無調理で簡単に食事を済ますと蚊帳代わりにインナーテントだけを張って思い切り体を横たえることにした。
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# by kiyohito-o | 2005-07-29 22:30 | 自転車

都内散策(佃島、若洲、葛西臨海公園)

ぶらっとポタリングに出た。
あても無く出たのだったが築地を経て佃大橋を渡っていた。
歩行者用のスロープを降りてゆくと昔の趣を残す家並が見られる。大橋ができるまでは対岸の明石町との間を結ぶ渡し舟の乗り場もあったところだ。
この渡し舟にいつかは乗って見たいと思っているうちに無くなってしまったのが残念だ。
タルタルーガでゆっくりと路地を行く。道行く地元の人と目が合ったので「こんにちわ!」と声を掛けると胡散臭そうな顔もせず笑顔で「こんにちわ」と返事が返ってきた。
休日ともなると結構訪れる人も多いようで数軒ある昔からの佃煮屋も賑わうらしいが、平日は静かだ。
a0009647_18452579.jpgその静かな古い家並の北側には大川端リバーシティの高層ビルが建っている。
中央大橋の袂に近い花壇には紫蘭(しらん)が一面に広がって咲いていた。我が家にもあるがこれだけ多いところを見たことが無い。

門前仲町から永代通りを東に進み荒川にかかる清砂大橋を渡って荒川左岸のサイクリングロードへ降り、河口へ向かって行けば葛西臨海公園のほぼ中央に出る。
平日ではありながら結構人も出ている。幼稚園の遠足らしい姿もある。葛西なぎさ橋を徒歩で渡ってなぎさに出て久しぶりに砂浜の上を歩いてみた。波が寄せて水を含んだ砂の上に足跡をつけてみるがすぐに波に消されてしまった。
JR駅の高架下の食堂で昼食を摂って一休みの後再び清砂大橋を渡って夢の島へと向かった。夢の島から南に若洲海浜公園を目指した。木材や建材を扱う業者が集まっている新木場を抜けて若洲橋を渡れば若洲だが若洲海浜公園は未だ少し先。
ここの緑の広場にも幼稚園の遠足らしい幼児達が発電機の風車の下で飛び回っていた。
園内に設けられたサイクリング道路を反時計回りにたどる。
a0009647_1912019.jpg先端に近い部分には海釣り施設もあり、平日にもかかわらず結構釣り人がいた。
サイクリング道路は海辺よりも幾分高いゴルフ場の縁を巡るように伸びている。草地には人手によって撒かれたと思える草花が風に揺れていた。

a0009647_19205377.jpg先端からやや北に向かったあたりは羽田空港へ着陸する飛行機が着陸態勢に入って間もないところのようだ。また、海の先には午前中に行った葛西臨海公園が望める。
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# by kiyohito-o | 2005-05-17 20:18 | タルタルーガ

北海道パックツアーに参加

ゴールデンウイーク中の5日から8日まで夫婦で北海道のパックツアーに参加してきた。
安いツアーを次々に企画する某旅行会社のパックツアーで、3泊4日で往復飛行機の航空券混みで一人あたり3万3千円だから内容に十分満足いくものでないことは承知のうえだ。
二人で何日も旅行に行ける日がなかなか無かったのだが、6日に休暇をとるだけでよかったのが幸いだった。

5日に羽田から札幌へと向かう時点で既に搭乗予定の出発時間が2時間も遅延していたから
到着時刻に出発することになり、1泊目の阿寒湖温泉へは午後8時になっていた。それでも札幌から阿寒湖まで長いバスでの移動も北海道の広さを感じさせてくれる車窓に、いつもはすぐ寝てしまう妻も見入って楽しんでいた。

6日は摩周湖、知床五湖、知床遊覧船などを経て温根湯(おんねゆ)温泉の宿泊であったが、摩周湖の西側を巡る道路は吹雪のため通行止めということでもと来た道へ戻るということがあったり、波が高いために知床遊覧船による観光も中止となった。
思わぬ大雪に出会い、地元出身のバスガイドさんも驚く季節外れの寒波到到来で北海道の冬を体験できたようでもあった。
温根湯温泉のホテルは設備もいいし、客扱いも料理も満足できるもので、料金が見合うのかと心配するほどだった。

7日は北きつね村、層雲峡、美瑛を巡って定山渓温泉での宿泊となる。
層雲峡への道は石北峠を越すがここも雪景色の中で層雲峡で銀河・流星の滝を見学時は底冷えがすごく誰もが早々にバスの中へ戻ってしまうほどであった。
美瑛の丘は最近至極人気のあるところだが、なるほどと納得するほどに広くゆったりと広がる丘の景色は冬枯れの中でも魅力を感じる。花の咲く時期はさぞ見事だろうと思う。

8日は2時過ぎまで小樽観光組と札幌市内自由散策組に別れ、私達は市内自由散策とし更に妻は札幌在住の友人と落ち合い、私はレンタサイクルでぶらぶらすることにした。
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# by kiyohito-o | 2005-05-09 18:47 |

TOMTに参加

TartarugaOwnersMeating in okyoというタルタルーガ所有者の集まりがあった。
世田谷区用賀にあるリカンベント専門店のLORO世田谷店に集合。なんと20台あまりものタルタルーガが集合であった!
まずは近くの砧公園内の自転車道へ移動し、おのおの工夫を凝らした自転車を拝見したり試乗したりする。
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# by kiyohito-o | 2005-04-24 22:27 | タルタルーガ

船橋から葛西臨海公園を経て自宅まで走る

船橋の義兄宅を11時頃に出発。
中山競馬場の脇を抜け千葉街道(国道14号線)へ出て江戸川にかかる市川橋を渡る。ここから江戸川右岸のサイクリングロード、旧江戸川のサイクリングロードをたどり河口の葛西臨海公園に入った。やや強い風が向かい風になって少々疲れがでてきた。
広い河口の対岸には東京ディズニーランドの建物が見える。
a0009647_19213350.jpg
休日なので園内はかなりの家族ずれで賑わっている。園内をゆっくりと一巡しJR葛西臨海公園駅近くで昼食を摂ったのち荒川左岸を少し上流に向けて自転車道を行き清砂大橋を右岸に渡る。新砂のやや埃っぽく、臭気を感じるのは未だ年齢の浅い埋立地だからだろう。
夢の島にくると、埋立地であることが気がつかないほどに樹木が多くなる。若洲海浜公園を目指したが疲れと向かい風と時間も遅くなってきたことから途中で引き返す。
東雲までくると半ば家に戻ったように気軽になり、晴海、勝鬨橋、銀座を経て自宅へと急いだ。
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# by kiyohito-o | 2005-04-17 20:27 | タルタルーガ

「桜は佐倉で」クラブオフ会

今日はクラブメンバーで佐倉の桜を楽しもうと「桜は佐倉で」と銘打ったオフ会だった。
京成佐倉駅に集合したのは7名。
私は自宅近くの都営地下鉄の駅からタルタルーガを携えて佐倉駅まで輪行した。
直通電車を使ったので乗り換えも一度だけ、それもホームで向い側の番線に移ればいいだけだから楽だった。

メンバーの一人F氏は例によって昨夜は野営、自転車の前部には今日の昼食のバーベキューのために小型七厘が積まれている。F氏が参加しているオフ会はいつもグルメな食事になるのでメンバーの誰もが楽しみにしている。

駅からすぐ近くの佐倉城址公園の坂を上がり、園内の桜を見ることにする。本丸跡の広場の周囲にはたくさんの八重桜があるが未だ蕾が開き始めたばかりであった。
もと来た坂道を下り、印旛沼の岸にある「ふるさと村」へ向かう。近づくにつれ人も車もおおくなり、自転車での通行が難しくなる。
臨時の駐輪場に自転車を置き、チューリップの咲き誇る畑へに行ってみる。少し先にはオランダ風景を演出するために1つだけだが風車が立っている。
a0009647_1939082.jpg12,000㎡に12種類、12万本のチューリップを栽培しているというから結構見ごたえがある。
レンタルのオランダ衣装を着た少女達の姿もあって少しばかり雰囲気を盛り上げてくれている。
ここからサイクリングロードに入り、北印旛沼を結ぶ水路の入り口近くにある公園まで走る。

a0009647_1951921.jpgやや向かい風が強いが草地が広がる中の道なので気持ち良い。これまで印旛沼のイメージは特にいいとも悪いとも思っていなかったが、自然の中を走る心地よさが感じられ気にいった。

a0009647_20233850.jpg公園に着くと早速バーベキューの準備が始まる。牛久のT氏夫妻が車でコンロや食材のほかテーブルまで運んでくれていたので、F氏と共に調理が始まると次々と出来上がってくる。更にはT氏と住まいが近いMさんがおにぎりを持参してくれたり、73歳になる最年長のA氏が佐倉の銘菓を用意しているなどデザートまでもあって楽しく、美味しい食事となった。


a0009647_2071512.jpg このあと水路を北にたどって吉高の大桜を見に行くことにした。
最近TV番組でも紹介があった影響もあるのか、台地の畑の中にそびえる桜を見に大勢の人が集まっていた。樹齢300年を超え、根方が7m弱もあるという古木は見事に花を咲かせている姿に多少の感動を覚えた。

公園に戻り、自動車できたメンバー達と別れ京成佐倉駅まで走る。ここからA氏は船橋まで自走で帰るので、船橋の義兄宅へいく私は道案内をして頂くことにした。
自動車の通る道を避け、サイクリングロードや田畑のある谷津に沿った道を行くのだが非常に気分が良いところだった。
暗くなって雨も降り始めた頃義兄宅に到着。30数年ぶりに泊めてもらうことにした。
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# by kiyohito-o | 2005-04-16 20:03 | タルタルーガ

クレジットカードが使えない不便

私もいつしかクレジットカードで買い物をするのが当たり前になっている。
今日もスーパーで多量の食料品を買い込んだのでクレジットで支払おうとおもいながらレジに向かうと「ただいまカードは使用できません」と張り紙がしてある。
レジ係に「ここだけでなくどのレジでもカードが使えないの?」と聞くと「申し訳ありませんがそうなんです。お買い物おやめになりますか?」と逆に質問してきた。
幸い支払えるだけの現金をもっていたので「いや、現金でいいです」と告げると「ではそうさせていただきます。ありがとうございます。中には現金をお持ちでなく買い物をおやめになる方もいらっしゃいます。」という。
どうやら店舗とクレジット会社間のトラブルのようだ。
現金を持たないで便利なクレジットかーどではあるけれども、ひとたびトラブルに見舞われるとどうしようも無くなる。
買わないで済むものならまだしも、どうしても買っていかねばならないときはどうすればよいのだろうか?
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# by kiyohito-o | 2005-04-13 17:57 | 雑感

都心ポタリング

a0009647_22172753.jpg今日はクラブのメンバーと都心のポタリングを楽しんできた。
迎賓館前に集合し、皇居周回をした後神宮外苑を周回、更に青山霊園の桜トンネルを抜けて代々木公園周回をして解散した。
都心は満開の桜をあちこちで見受けられ、多くの人出で賑わっていた。

今日のメンバーの車種は私のタルタルーガのほかリカンベントタンデム、ロードバイク、マウンテンバイク、クロスバイク、小径フォルディングバイクと多様である。
特にリカンベントタンデムは前のシートに愛犬を抱いた奥様が乗っているから通りすがりの人の目を引く。
車種を問わない、楽しみ方を問わないこのクラブらしい光景なのだ。

さて、来週は佐倉でバーベキューがメイン?のミーティングが待っている。
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# by kiyohito-o | 2005-04-10 21:53 | タルタルーガ